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江川紹子の「事件ウオッチ」第23回

学校現場から失われたものーーなぜ【川崎中1殺害】を防ぐことができなかったのか

文=江川紹子/ジャーナリスト
学校現場から失われたものーーなぜ【川崎中1殺害】を防ぐことができなかったのかの画像1多くの花が手向けられた多摩川河川敷の現場。なぜ悲劇は防げなかったのかーー。(写真は著者撮影)

 川崎市の中学一年生・上村遼太君が殺害され、遺体が多摩川河川敷に放置された事件。ニュースで被害者の笑顔の写真が出るたびに、胸潰れる思いがする。容疑者として、18歳と17歳の少年3人が神奈川県警に逮捕されたが、真相解明は緒に就いたばかり。現時点では、一切の予断を排除しておきたいが、それでも明らかなことがある。それは、同級生など、上村君を知る少なからぬ子ども達が、彼の困難な状況を知っていたことだ。

見過ごされた数々のSOS

 例えば、上村君と同じ小学校を卒業し、別の中学に進んだという女の子は、今年の正月、公園で上村君が年上の男のグループにイヤそうについていくのを見た。後日、コンビニエンスストアで会った時には、目の周りに真っ黒なアザが出来ていた。「どうしたの?」と聞くと、上村君は「ぶつけた」と答えた。しかし、どう見てもぶつけてできるようなアザではなかった、という。

 女の子は、上村君が学校に行っていないことを知っていたので、それを話題にすると、彼は「学校には行きたい」と答えた。しかし、「行きたいなら行けば?」と水を向けても、「行きたいけど、行かない」という返事だった、とのこと。上村君の不登校は、女の子が通っている中学でも、同じ小学校を卒業したクラスメイトの間で、何度か話が出た、という。

 上村君は、友だちには年上のグループから暴力を受けていることを打ち明け、「殺されるかもしれない」と漏らした、とも報じられている。少なくとも同じ学年の子どもたちの間では、上村君の受難は、相当に広まっていた。

 にもかかわらず、学校の先生など大人たちに、その切迫した状況について、情報がもたらされていなかったようである。上村君の担任の教師は、1月の新学期が始まって以降、34回にわたって電話や家庭訪問をしていたが、本人と接触できたのは1回だけ。情報がもたらされていれば、もっと違った対応がなされていたに違いない。

 上村君自身が大人に相談していなかったのは、いじめの被害を受けている子どもと同じで、大人が介入することで事態が悪化することを恐れたのだろう。暴力の原因となっている者に大人たちがアプローチすれば、報復がなされる可能性があるからだ。親を心配させたくないという優しさもあって、苦痛や不安を抱え込んでしまったに違いない。

 他の子どもたちも、そういう上村君の懸念が分かるから、積極的に大人に伝えようとしない。面倒なことに巻き込まれるのが怖い、と思った子もいるかもしれない。そもそも、まさかこんな事件にまで発展するとは思わなかった、だから職員室にわざわざ報告しにいくという気にならなかった、というのが、多くの子どもの本音ではないだろうか。

取り戻すべき“ムダ”・必要とされる検証

 もし、子どもたちの方からわざわざ職員室に報告に行かなくても、情報が先生の耳に入るような場があったらどうだっただろうか。

 最近の中学では、先生と生徒のコミュニケーションの機会が激減している、と聞く。中学校の教師になって30年近いある教師によると、かつては放課後に、教室で生徒たちと他愛もないおしゃべりをよくした。皆で裏山に登ったり、夏の夜に校舎内で肝試しをやったりして、一緒に遊ぶこともあった。ところが今は、教師は会議があり、そのための資料作りや保護者対応などで忙しく、生徒たちは部活や塾でやはり忙しい。管理も厳しくなり、夜の肝試しはもちろんのこと、放課後に生徒が教室に許可なく残っていることも許されなくなり、先生は、清掃が済むと、「用がない者は早く帰れ」と言わなければならない。

江川紹子/ジャーナリスト

江川紹子/ジャーナリスト

東京都出身。神奈川新聞社会部記者を経て、フリーランスに。著書に『魂の虜囚 オウム事件はなぜ起きたか』『人を助ける仕事』『勇気ってなんだろう』ほか。『「歴史認識」とは何か - 対立の構図を超えて』(著者・大沼保昭)では聞き手を務めている。クラシック音楽への造詣も深い。


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