シリア行きを計画していたフリーのカメラマンが、外務省からパスポートの返納命令を受けた。湯川遥菜さん、後藤健二さんの2人が、「イスラム国(IS)」を名乗る過激派に殺害される映像が公開されて、大きな衝撃を与えた直後のことだ。菅義偉官房長官は「ギリギリの慎重な検討を行った結果」とし、外務省も「例外的措置」であると説明している。
外務省とジャーナリスト、双方に求められる“工夫”
もっとも、退避勧告を出している地域にジャーナリストが取材に行くのを、外務省が阻止しようと努めるのは、今回が初めてではない。アフガニスタンやイラクの取材をしようとしたジャーナリストが、「日本政府の妨害に遭った」とこぼすのを、シリアで取材中に亡くなった山本美香さんなど、何人かから聞いた。そうした体験をメディアで公表した人もいる。経験者の証言をつき合わせると、「妨害」の手法は、おおむね次のようなものだ。
入国のビザを得るために、当該国の大使館に行っても、「日本人にビザを出してはいけないと(日本政府に)言われている」などと断られる。日本大使館に行って、なにがしかの書類にサインをし、相手国宛てのレターを出してもらってビザを取得できたというケースもあるが、そのレターを出すか出さないかは、大使館の判断次第。もっとも、日本の外務省(出先の場合は日本大使館)に問い合わせても、「そんな依頼はしていない」と言われてしまうようで、外務省が相手国に日本人へのビザを発給しないよう圧力をかけた証拠はない。
そんな中、どうしても取材をしたい人たちは、いろいろと知恵を働かせ、情報を集め、「妨害」の手が及ばないところでビザを取得して現地に向かった。彼らは、政府による報道規制だと反発しながらも、明確な証拠がないこともあり、手間暇かかる裁判に訴えるより、現地での取材を優先させてきた。
外務省が、証拠が残るかたちでのあからさまな渡航制限を避けてきたのは、報道の自由に対する侵害という批判を避けたいのに加え、「移住の自由」を定めた憲法に抵触するとして、裁判に持ち込まれたりしないためだろう。
ところが、今のシリアは内戦状態。反政府勢力が支配する地域に、トルコから入域すれば、シリアのビザはいらない。トルコには、観光目的であればビザなしに渡航できる。従来の証拠が残らない手法を使うことができない外務省は、今回ついに旅券返納命令という強制手段に出た。後藤さんらが殺害された直後であり、ISが今後も日本人をターゲットにすると公言していることもあって、世論や裁判所もこの強硬措置を理解するという読みだろう。実際、ネットメディアのアンケートでは、外務省の対応を支持する声が圧倒的に多い。
返納命令を受けたカメラマンは、記者会見で「裁判でも戦う覚悟」を表明している。そうなった場合、根拠となった旅券法の規定、さらには今回の外務省の判断を憲法違反として争うことになろう。ただ、最高裁での最終判断を得るまでには、相当の時間がかかる。しかも、日本の裁判所で法令や行政の行為について憲法違反の判決を得るのは容易ではない、という現実がある。
移住・渡航の自由の侵害と邦人保護の境界線
懸念するのは、今回の措置が前例となり、あるいは裁判所のお墨付きを得ることで、政府によるメディアやジャーナリストの取材コントロールが進むことだ。