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江川紹子の「事件ウオッチ」第23回

【カメラマンへの旅券返納命令】で懸念される前例づくりとメディアコントロール

文=江川紹子/ジャーナリスト
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 もちろん、ジャーナリズムにおいて、取材する者の身の安全は最も重要だ。記者の命は、どんなスクープにも代えられない。いくらすばらしい取材をしても、生きて帰ってこなければ、それを伝えることもできない。どんな取材者であれ、「死んでもいい」などと考えているはずがない。

 殺害された後藤さんは、シリア入りする前にビデオメッセージを残している。そこでは、「非常に危険なので、何か起こっても、わたしはシリアの人たちを恨みません。何か起こっても、責任は私自身にあります」としながら、最後に「必ず生きて戻りますけどね」と付け加えている。

 ここで、後藤さんが明解に語っているように、「自己責任」とは、いかなる結果になったとしても、誰かのせいにしないことだ。シリア人に騙されたと言って、シリアの人々を恨んだりしない。日本政府の注意喚起が不十分だったせいだと、裁判を起こしたりしない。これが、こうした危険地域を取材する者の「自己責任」というものだろう。

 だからといって、国の邦人保護の責務がなくなるわけではない。武装勢力などに拘束された邦人がいれば、救出のためにできるだけのことをしなければならない。それは外務省にとっては負担だし、不幸な結果になれば批判も受けかねない。だから、外務省が危険と判断した地域には日本人を行かせたくない、という立場は理解できる。

 けれども、そうした政府の判断を含め、安全に関するあらゆる情報を検討し、取材を行うかどうかの最終的な判断をするのは政府ではなく、やはり各メディアや個々のジャーナリストであるべきだ。この原則が守られないと、現地取材をするかしないかの最終決定権が政府にあることになってしまう。そうなれば、戦地でどのようなことが起きているのか、世の中に知らせることができなくなりかねないし、政府にとって都合の悪い事実は隠されてしまう恐れもある。旅券を召し上げるという強制的な手段で、政府が取材をコントロールする事態はあってはならない。このような事態が起きないよう、双方がもっと工夫できなかったのか、と思う。

 菅官房長官は記者会見で、このカメラマンがメディアでシリア行きを公言していた、という事情をかなり強調していた。しかも、説得をしても渡航の意思を変えなかった、だからやむを得ない措置なのだ、と。

 このように政府からの制止が予想される場合は特に、取材者が事前に渡航計画などを表に出さないのが普通だろう。シリア行きの計画を、少なくとも2紙の記者に話したカメラマンの無防備さには、かなり驚く。「書かれるとは思わなかった」というのは、ジャーナリストとして認識が甘いように思う。

江川紹子/ジャーナリスト

江川紹子/ジャーナリスト

東京都出身。神奈川新聞社会部記者を経て、フリーランスに。著書に『魂の虜囚 オウム事件はなぜ起きたか』『人を助ける仕事』『勇気ってなんだろう』ほか。『「歴史認識」とは何か - 対立の構図を超えて』(著者・大沼保昭)では聞き手を務めている。クラシック音楽への造詣も深い。


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