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地方移住礼賛ブームのまやかし 生活費アップ、低福祉や寿命縮める恐れ

文=寺尾淳/ジャーナリスト
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地方移住礼賛ブームのまやかし 生活費アップ、低福祉や寿命縮める恐れの画像1「Thinkstock」より
 6月4日、日本創成会議の増田寛也座長(元総務大臣)は記者会見を行い、「このままでは、高齢化によるニーズ急増で、東京圏では介護・医療が行き届かなくなる恐れがある。介護が必要になる前に地方に移住する『日本版CCRC』の推進が、その有力な対策になるだろう」という認識を示した。それは、安倍晋三内閣が進めている「地方創生」にもかなうものだ。

 CCRCとは「Continuing Care Retirement Community」の略で、仕事をリタイア後、健康なうちに別の地域に移り住み、人生を終えるまでそこで暮らす、高齢者向けの共同体のことだ。

 アメリカでは、老後の暮らし方の一つとして、すでに市民権を得ているという。日本でも、その仕組みを構築しようという構想が「日本版CCRC」である。

 すでに、増田元総務大臣を座長に、政府の「日本版CCRC構想有識者会議」が発足しており、5月に全都道府県・市町村を対象に意識調査が行われた。その結果、全体の11.3%に当たる202の地方自治体が、「日本版CCRCの誘致を検討したい」と前向きに回答したという。

 急浮上した「日本版CCRC」という新語をめぐって、中高年の間では、「仕事をリタイアした後に地方居住や田舎暮らしをしたいか?」「自分にそれができるか?」と盛り上がっている。

「田舎暮らし」は決して安上がりではない

 年を取ってからどこに住むか、というのは大きな問題だ。「住み慣れたこの町にずっと住みたい」「出身地にUターンする」という人もいれば、「豊かな自然の中で暮らしたい」「北海道でスキー三昧だ」「暖かい沖縄がいい」など、人それぞれに期待や希望がある。

 中には、海外移住を選択肢に入れる人もいる。「将来、絶対に食糧危機になるから、農村に移住する」という人もいるだろう。

 3~4代前から都会に住んでいて地方には親戚すらいないなど、田舎の事情に明るくない人は「物価が安い田舎なら、年金だけで暮らせる」と思うかもしれない。もちろん、ケース・バイ・ケースだが、それはなかなか厳しいものがある。

 例えば、古民家を借りて住居費が月1万円で済んだとしても、田舎暮らしには都会ではかからなかったコストが発生したり、同じことをするにも逆に都会より高くつくことが、結構あるからだ。

 例えば、交通費だ。地方は完全な車社会なので、車がないと「通院するたびにタクシーなどで2000円以上も飛んでいき、薬代より高くつく」ということもザラにある。しかし、たとえ軽自動車でも車を持つと、トータルではさらにコスト高になる。

 以前は安かった軽自動車税は、4月から増税となった。「田舎暮らし」について、メディアでは「都会より不動産が安い」という点ばかりが強調されているが、人は不動産だけで暮らしていくことはできない。

 物価にしても、ノーブランドの米や野菜などは安くても、輸入品の食材は概して高い。肉も、決して安くはない。海から遠い地域では、魚も高い。価格破壊競争で「デフレの象徴」だったカジュアル衣料ショップ、ドラッグストア、ディスカウントストアなどが生活圏内になければ、同種の商品は高くつく。

 外食でもしようものなら、大手牛丼チェーンやファストフード店などの安さは望めない。それらは、マスプロ・マスセールで、コストダウンが利く都会にあるからこそ成り立つビジネスだからだ。

 このように、店も商品も選択肢が少なくなる田舎暮らしでは、モノがみんな安いわけではない。都会より安いモノもあるが、高いモノも結構あるというのが正解だ。「景色に癒やされる」「のんびり暮らせる」「趣味が楽しめる」といった側面を度外視して、経済的側面だけで語れば、年を取ってから「田舎暮らし」を選ぶメリットは、それほど大きくはない。

全国の自治体の96.6%は「金がない」

 田舎暮らしには、当然リスクもある。怖いのは、「わが町には金がないから」と、地方自治体が住民サービスのレベルを切り下げることだ。図書館が廃止されるぐらいならまだいいが、もし消防(救急車)や保健・医療、福祉の水準が低下したら、自分の健康や命に直接関わることになる。

 例えば、「お金がないので、がん検診をやめました」という町に移住して、早期に発見すれば治ったはずのがんが進行してしまっていたら、どうだろう。住む町の選択を誤ったことで、寿命を縮めることになる。

 この例は極端だとしても、常に「金がないから○○ができない」と言っているような市町村に住んでいると、暮らしているだけで気が滅入るだろう。精神衛生上悪いだけでなく、上下水道など公共料金の値上げで経済的に脅かされることもある。

 しかし、右を見ても左を見ても、日本の市町村の9割以上は、程度の差こそあれ、「金がない市町村」である。その市町村に金があるかないかは、総務省が毎年発表している「財政力指数」という数値が目安になる。

 財政力指数は、主に税金からなる「基準財政収入額」を、自治体の運営コストを示す「基準財政需要額」で割った数値だ。1.0であれば、自治体の運営コストを税収でほぼ賄っている状態である。1.0以上なら財政に余裕がある「金のある市町村」で、1.0を割り込むと「金のない市町村」と見なされ、国から「地方交付税交付金」という補助金を受ける資格を獲得できる。

 平成25年度の「全市町村の主要財政指標」によれば、全国1742の市町村(東京都の特別区を含む)で1.0以上だったのは60しかない。残りの1682(96.6%)は、自治体の運営コストが税収を上回っていた。全国平均は0.49で、「自治体の運営コストの半分は税金、半分は地方債の発行などそれ以外の収入で賄っている」というのが、全国の市町村の財政の平均的な姿である。

 1.0以上の60の市区町村も、そのうち42カ所は首都圏(関東)、中京圏、近畿圏に集中し、残り18カ所のうち8カ所は、国から「電源三法交付金」を受けている、原子力発電所や原子力関連施設の地元だ。原子力行政と関係なく1.0以上の優秀な財政を見せている市町村は、以下の10カ所しかなかった。

・山梨県山中湖村 1.86
・長野県軽井沢町 1.49
・山梨県忍野村 1.42
・静岡県長泉町 1.21
・山梨県昭和町 1.14
・福岡県苅田町 1.13
・新潟県聖籠町 1.11
・宮崎県木城町 1.06
・新潟県湯沢町 1.03
・静岡県裾野市 1.01

 このうち山中湖村、軽井沢町、湯沢町はセカンドハウスの地として有名で、別荘から住民税の均等割分が得られ、年を取ってから住民登録を移す人も多いだろう。忍野村はファナックの本社、聖籠町は新潟東港の地元で法人からの税収が多い。長泉町、昭和町、苅田町、裾野市も大きな工業団地があり、同様だ。原発立地でも別荘地でもなくめぼしい企業もない純粋な「田舎町」は、宮崎県木城町だけだった。

移住人気がある市町村も、財政力指数は貧弱

 財政力指数が全国平均の0.49を下回っている自治体は、「日本版CCRC」の受け入れ先に手を挙げていても、財政に不安があり、年を取ってからの移住先としてはリスクが高いといえる。

 ところが、移住人気の高い市町村、都会からの移住促進に力を入れている市町村、地域活性化のお手本とみられている市町村にも、そんなところがあるのだ。

 長野県の軽井沢町は財政力指数が1.0を超えている「金のある市町村」だが、テレビドラマで有名になった「フラノ」ブランドを利用して移住促進活動が活発な北海道富良野盆地の市町村は、富良野市が0.32、上富良野町が0.27、中富良野町が0.20、南富良野町が0.11と、軒並み全国平均以下である。

 沖縄県の石垣市は0.37で、これも全国平均以下だ。移住促進活動の活発さで知られる鹿児島県霧島市は、0.54で全国平均より上だが、北海道安平町は0.38で下回っている。なお、日本版CCRC構想に真っ先に反応し、今も盛んにアピールしている山梨県都留市は0.51で、全国平均を少しだけ上回っている。

 全国から自治体の視察が絶えず「地域活性化御三家」と呼ばれている市町村も、その財政力指数は長野県小布施町が0.38、島根県海士町が0.09、徳島県神山町が0.22だ。

「準・御三家」の北海道下川町は0.13、北海道ニセコ町は0.24、岩手県紫波町は0.40、福井県鯖江市は0.66、香川県直島町は0.43、徳島県上勝町は0.11、大分県由布市は0.47、佐賀県武雄市は0.47で、全国平均を上回ったのは鯖江市だけだった。

 しかし数字だけをとらえて「移住促進活動は見せかけだけだ」などと言ってはいけない。これらの市町村は、コストをかけて高齢化・人口減少阻止に果敢に挑戦しており、まだ希望がある。

 ただ前例を踏襲するばかりで新しいことは何もせず、なりゆき任せで財政がジリ貧になっていく市町村よりは、はるかにましだ。しかし、悲しいかな日本のほとんどの市町村はそうではなく、日本創成会議がいうところの「消滅可能性都市」や、その候補ばかりなのが現実なのである。

 年を取ってから消滅可能性都市に住むと、財政がジリ貧になる自治体に住んでしまった身の不幸を憂いながら、沈みゆくその町と運命を共にすることになる。日本国憲法第22条では「居住移転の自由」が保障されているのだから、よく考えた上で住むべき町を選びたいものだ。

「100万、50万都市に住む」という選択

「住宅の無償提供」などの“エサ”をPRして、都会からの移住の誘致活動を派手に展開する市町村の中には、住民の減少を食い止めて、苦しい財政をなんとか下支えしたいという狙いのところもある。

 世帯収入が年金だけであっても、住民税を徴収することはできるからだ。そんなところに移住してしまうと、税金はきっちり取られて行政サービスは悪くなるばかりで、人生の晩年が暗くなるかもしれない。

 移住するなら、財政力指数が高く、行政サービス悪化の心配があまりなく、しかも物価が安い市町村を選びたい。それには、山の中や田園地帯の「ド田舎」や中小市町村を避けて、地方でも人口100万人以上の都市、50万人以上の都市に住むという選択がある。

 首都圏(関東地方)、中京圏(愛知、岐阜、三重)、近畿圏(2府4県)を除くと、日本には人口100万人以上の「100万都市」が4つ、50万人以上の「50万都市」が7つある。

 北から順に記すと、100万都市は札幌市(194万人)、仙台市(107万人)、広島市(118万人)、福岡市(152万人)で、50万都市は静岡市、浜松市、岡山市、松山市、北九州市、熊本市、鹿児島市である。北九州市は人口が95万人なので、100万都市に含めてもいいかもしれない。

 100万、50万都市の財政力指数は、次のようになっている。

・札幌市 0.69
・仙台市 0.85
・広島市 0.81
・福岡市 0.85
・静岡市 0.90
・浜松市 0.87
・岡山市 0.76
・松山市 0.70
・北九州市 0.70
・熊本市 0.68
・鹿児島市 0.68

 11都市すべて全国平均の0.49を上回っているが、良い順番に静岡市、浜松市、仙台市と福岡市(同点)、広島市となる。一方、総務省が発表した「平成25年(2013年)平均消費者物価地域差指数」を見ると、東京都区部の105.9に対し、各都市の物価水準は次のようにすべて下回っている。

・札幌市 100.2
・仙台市 98.3
・広島市 99.8
・福岡市 97.5
・静岡市 100.0
・浜松市 98.4
・岡山市 100.3
・松山市 98.9
・北九州市 96.6
・熊本市 100.0
・鹿児島市 98.0

 物価の安さでは、北九州市、福岡市、鹿児島市、仙台市、浜松市という順だった。100万都市、50万都市では住居費はそれなりにかかるが、首都圏よりはずっと安い。札幌市のように、供給過多で家賃相場が値崩れしたところもある。

移住するなら一番住みやすい町は福岡市?

 以上を総合すると、財政力指数で3位タイ、物価の安さで2位の福岡市が、100万都市、50万都市の中で最も点数が高くなる。アジアに向かって開かれた国際都市で、メトロポリタンな雰囲気を好む人に向いているだろう。ネックは、中心部の慢性的な交通渋滞だろうか。

 ほかの100万都市にも、それぞれ良い部分はある。札幌市は冬の寒さを我慢できれば自然環境も良く、利便性を享受しながらリーズナブルに生活できる。ネックは、冬場の光熱費がかかることと公共交通機関の運賃が高いことだろうか。

 仙台市は「杜の都」と呼ばれるぐらい自然環境に恵まれ物価も安いが、ネックは地下鉄網が未整備で、公共交通機関はバス中心なことだ。広島市も環境は良いが、山がちの地形で平地が少なく、高齢者向きの不動産物件が少ないことがネックになる。

 大都市圏で暮らしてきた人に100万都市が良いのは、ユニクロもマツモトキヨシもドン・キホーテも吉野家もマクドナルドもドトールも、高級店から「デフレの象徴」まで、大都市圏にあるような店はたいてい揃っているからだ。

 50万都市もそれに近く、都市生活者も移住して違和感なく溶け込めるだろう。リッチな生活にしても、安上がりな生活にしても、そのための選択肢が揃っている。地下鉄や路面電車やバスなど公共交通機関が発達しているので、市街地に住めば車がなくても生活の不便を感じることはない。

年を取ったら「寄らば大樹の陰」でよい

 年を取ってから、どこに住むか? それは人生の最後の「投資」ともいえるだろう。

「日本版CCRC」以前から、財政に不安があっても移住者誘致を熱心に進めてきたような市町村に“エサ”に誘われて行くのは、上場したばかりのベンチャー企業に投資するようなもので、当たれば大きいが、外れると悲惨な目に遭う。

 100万都市、50万都市は、法人から得られる税収が大きいので、財政に安定感がある“大企業”だ。少なくとも「消滅可能性都市」ではない。人生の最後に居住する“投資先”としては、至って堅実な候補である。

 就職活動中の学生が「寄らば大樹の陰」と大企業志向の本音を丸出しにすると、周囲から「チャレンジ精神は皆無か?」「年寄りくさい」などと非難されたりするが、リタイア後の移住先を考える時には、余生での安心を考えて「寄らば大樹の陰」でよいのではないだろうか?

 日本版CCRCの取り組みを推進する意向がある202自治体の中では、静岡、岡山、北九州、熊本の4つの50万都市が名乗りを上げていたが、国も、東京圏で生活してきた人の受け入れ先を考えるなら、田園地帯や中小都市よりも100万都市の札幌、仙台、広島、福岡や、全国に7つある50万都市を優先的に考えてはどうだろう。おそらく、都市生活者の理解も得られやすいはずだ。
(文=寺尾淳/ジャーナリスト)

寺尾淳/フリーライター

寺尾淳/フリーライター

1959年7月1日、大阪府高槻市出身。同志社大学法学部法律学科卒業。取材分野は企画経営、マクロ経済、国際化、マーケティングなど幅広く、アジア経済にも造詣が深い。フリーライターとして活躍。
寺尾淳のウェブサイト

Twitter:@junterao

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