「教育委員会の判子がなければ図書館は図書を買えないというシステムは、よその町とはまったく違うと思います」
昨年10月14日、宮城県多賀城市議会では、“反ツタヤ図書館”の急先鋒である藤原益栄議員から厳しい追及を受けるなか、自信満々でそう言い放った多賀城市の菊地昭吾教育長の言葉は、後から思えば、単なる強がりではなかったとわかる。
ちょうど同じ頃、新図書館開館に向けて蔵書整備の準備を急ピッチで進めていたカルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)と市教育委員会は、水面下で主導権争いの激しい神経戦を繰り広げていた。
市教委とCCCの静かな争いが勃発
今年3月21日にオープンし、全国で3番目のツタヤ図書館として話題を集めている宮城県・多賀城市立図書館。運営を担当するレンタル大手・TSUTAYAを展開するCCCが、同図書館の蔵書として購入するために選書した中に、市場価値の低い古本が大量に含まれていたことが判明した。当サイトでは、3万5000冊に及ぶ選書リストを分析し、その異常な実態を何度かにわたって報じてきた。
今回は、その過程で、委託者である市教委が、CCCの選書にどのように対処してきたのかを詳しく検証していきたい。
まずは、上の表を見てほしい。
駅前に新たに建設されるビルに入る多賀城市立図書館の開館に合わせて選書された3万5000冊のうち、1万3000冊の中古本について、選書から購入・登録までの流れを時系列で整理したものである。
CCCからの第1回の選書リスト5269冊の提案があったのが昨年6月16日。約2週間後の7月3日には、市教委がリストの中身を精査した結果、271冊を除いて購入決定。9月8日には、一部汚損がないかどうか確認したうえで4715冊の受け入れを決定している。
第2回も、8月14日に3997冊のCCC提案を受けて、8月28日に購入決定。10月23日に受入決定と、翌年3月オープンに向けて着実に蔵書整備が整いつつあった。
CCCが提出した選書リストの素案に対して「受入不可」となった割合は、第1回こそ11%あったが第2回には7%までダウンしており、基本的にCCCの選書通りに購入は進められる気配だった。
だが、異変が起きたのは、第3回からである。9月15日にCCCから提案された2049冊の選書のうち、市教委は371冊もの本について購入を拒否。最終的に12月8日の受入決定までに、現物の状態を確認した結果、受け入れ拒否した127冊も含めると、全体の24%を「受入不可」としたことになる。
この動きを「東京の図書館をもっとよくする会」の池沢昇氏は、こう解説する。
「第3回は、4冊に1冊を拒否しているんです。なぜ、こうなったのかわかりませんが、このとき、市教委サイドがCCCの選書に激しく抵抗していたのは確かだと思います」
あまりにも刊行年が古い本や、内容的に不適切と批判された本を不許可にしたのではないかとも考えられるが、池沢氏は強く否定する。
「そういう明確な理由ではありません。市教委は、CCCの実態を知って驚いたのでしょう」
確かに、第3回リストをあらためて見てみると、刊行年が新しくても購入不許可になっていたり、逆に射幸心を煽るようなタイトルのマネー本が購入許可されている。そこからは、明確な基準や意図を読み取ることはできない。強いていえば、役人が自分たちの権限を誇示するために、わざとアトランダムに拒絶したとしか思えない。
第3回リストが提案された前後に、市教委のスタンスが豹変するだけの事件があったと考えると納得できる。
ツタヤ図書館、次々に噴出する不祥事
昨年8月、全国初のツタヤ図書館の佐賀県武雄市図書館で、不適切な選書問題が世間に明るみに出た。市民が武雄市に請求していた、図書館リニューアル時に約1万冊の蔵書を追加購入したときの選書リストが開示され、それがインターネット上に公開されたことが発端だった。
そのリストのなかには、10年以上前のパソコンソフト本や資格試験対策本、埼玉県のラーメンガイドなど、極端に価値の低い古本が大量に含まれていた。そのためネット上では、「CCCは、とんでもなく非常識な会社」「蔦屋書店の売れ残りを図書館で処分しているのではないか」と、選書を担当したCCCを非難する声が巻き起こり、それが瞬く間にあちこちで炎上騒ぎに発展した。
その騒動の火に油を注いだのが、週刊誌やネットニュース、テレビなどでの報道である。その様子をいくつか列挙してみよう。
・「週刊朝日」(朝日新聞出版/8月21日号)記事、『真夏のワイド・衝撃事実発覚 あの前武雄市長ツタヤ関連企業に天下り!』
・「女性セブン」(小学館/9月10日号)記事、『佐賀・武雄市民は怒ってます!「リアル図書館戦争」』
・「週刊朝日」(9月11日号)記事、『武雄市TSUTAYA図書館 関連会社から“疑惑”の選書』
・9月7日付「週プレNEWS」、『大批判の渦中、ツタヤ図書館が身内の中古書店から“無用の100円本”を大量購入』
・9月14日『モーニングバード』(テレビ朝日系)『武雄市図書館“ずさん選書”で反省』
ツタヤ図書館の話題といえば、それまではネット中心に繰り広げられていたのが、この時を境にして、雑誌やテレビなどでも盛んに取り上げられるようになった。
その直前までツタヤ図書館は「官民一体の成功モデル」ともてはやされる優等生的存在だったが、一転して悪評が噴出する展開となったことに多くの人が引き込まれた。
世間的な批判があまりにも広がったため、さすがにCCCと武雄市は記者会見を開いて釈明すると思われていたが、CCCは9月10日に「謝罪文」を自社サイトにアップした。この謝罪文の中で同社は、「追加納入蔵書数1万132冊」を当時自社と資本関係のあったネットオフから購入したこと、その価格は装備費・物流費込みで760万円であったことを明らかにし、「より精度の高い選書を行うべき点があったことを反省している」と謝罪した。
それまで1万冊の追加蔵書の購入費用は、約2000万円とされていた。それが760万円だったことがわかり、1200万円が使途不明だと騒ぎになった。
そこで翌11日、今度は武雄市が「利用者の安全対策に対応した整備が緊急に発生したため、教育委員会の判断で、中古本を756万円で購入した」と発表し、本の落下防止等の対策のために1224万円を支出したと説明した。まるでCCCと口裏を合わせたかのような釈明に市民は納得せず、その後住民訴訟を提起するに至っている。
CCCの批判報道は、9月11日以降も止まる気配はなかった。くしくも10月1日、神奈川県海老名市に全国で2番目のツタヤ図書館がオープンすることになっていたため、メディア報道は武雄市から海老名市に飛び火する格好となった。そして、海老名市でも購入図書の半数が料理本で、メガネクロスやフライパンなどの付録付きムック本といった不適切な選書問題が発覚した。
さらに、CCCのパートナーとして海老名市立中央図書館を運営する予定だった共同事業体の図書館流通センター(TRC)が、CCC独自の図書分類がわかりにくいなどと公然と批判し、「基本思想が違う」と述べて協力関係の解消を発表した。その後、一転して共同運営の続行を表明するなど、不透明な運営に注目が集まった。
また、ツタヤ図書館誘致を計画していた愛知県小牧市では10月4日、その是非が住民投票にかけられ、市長が進めていた新図書館建設計画が大差で否決される騒ぎにまで発展した。
多賀城市教育委員会が態度を硬化させたワケ
このような一連の流れのなかで、ツタヤ図書館のオープンをその翌年に控えた多賀城市は、対応を考え直さざるを得なくなった。少なくとも武雄市図書館で問題が発覚するまでは、東京・代官山の蔦屋書店を見て、素晴らしい空間をプロデュースするCCCに対し、市教委スタッフは少なからぬ敬意を払っていただろう。ところが、そのCCCが運営する図書館で不祥事が続々と明らかになってきたのだ。
そこで、大騒動の渦中にいたCCCが9月15日に提出した第3回リスト2049冊のうち、市教委が371冊もの本について購入を拒否した。最終的に12月8日の登録までに、現物の状態を確認した結果、受け入れを拒否した127冊も含めると、全体の24%を「受入不可」とした。
市教委がCCC選書の4分の1を受入拒否した出来事の背景には、そのようないきさつがあったのである。
(文=日向咲嗣/ジャーナリスト)