住友化学、排ガス浄化装置から撤退
住友化学は欧州でのディーゼル排ガス浄化装置の中核的な部品であるDPF(ディーゼル・パーティキュレート・フィルター)事業から撤退する。フォルクスワーゲン(VW)のディーゼル車排ガス不正問題の発覚などでディーゼル車への逆風が強まり、電気自動車(EV)へのシフトが鮮明になったことが撤退の要因である。こうして部品メーカーが撤退を始めると、エンジン車の生産に暗雲が立ち込めはしないだろうか。エンジン車メーカーは、新たな対応が求められるに違いない。
DPFは大気汚染防止の守り神
ディーゼル・エンジンは圧縮して高温になった空気で燃料の軽油に火を点けるため、完全に火が点かず、燃えカスが出やすい。これが黒煙である。その中に微粒子が含まれており、とくに近年は1000分の2.5ミリ(2.5マイクロメーター)という超微粒子(PM2.5)の健康に及ぼす被害が明らかとなっている。
PM2.5は、北京、上海など中国の都市をはじめとして、パリ、ロンドン、ローマなど欧州主要都市の大気汚染を悪化させている主要物質であり、ディーゼル排ガスに多く含まれることから、DPFの取り付けが義務付けられている。DPFはディーゼル車にとって必須の部品である。
DPFは、ディーゼル・エンジンの排ガスに含まれる有害物質であるPM(パーティキュレート・マター:粒子状物質)をフィルターで集め、燃料である軽油をDPFの中に噴射して燃焼させ、除去する装置であり、生産には高度な技術が求められる。
かつてはPM10といった少し大きめの微粒子の除去が規制されていたが、大気汚染の劣悪なカリフォルニア州を抱える米国では、1990年代の初頭からPM2.5の除去が健康被害の防止に必要だといわれてきた。
だが、日本も欧州も規制が始まったのは最近のことであり、欧州のディーゼル排ガス問題の深刻化には、こうした規制の遅れが無視できない。ディーゼル車を存続させるのであればDPFは必須であり、生産メーカーが相次いで撤退するのであれば、自動車メーカーは自ら開発、生産しなければならなくなる。
ガソリン車にはGPFが必要になる
ディーゼル車の存廃にかかわる重要な部品の生産から撤退するという住友化学の動きは、他のDPFメーカーが存在するとしても、ディーゼル車の存続にとって暗雲であることは免れないだろう。ディーゼル車を生産しようにもパーツが購買できないのでは、どうしようもないのだから。
ディーゼル車への逆風が強まり、EVシフトが鮮明になる昨今、DPF需要の激減は明らかであり、DPFメーカーは減産に迫られるのは明らかだ。背に腹は替えらず、住友化学のように早期の撤退を決意するメーカーが現れてもおかしくない。
そうしたなか、DPFメーカーに朗報がある。今後はガソリン車にもDPFが必要になるのだ。ただし、正確にはDPFではなくGPF(ガソリン・パーティキュレート・フィルター)である。
金融機関は果たして融資するか
今後、燃費規制、二酸化炭素(CO2)排出量規制はさらに強まる。EUではCO2排出量を1キロメートル走行当たり66グラム以下にすべしという非常に厳しい規制が2030年以降に実施される可能性がある。これを日本流の燃費に換算すると、およそリッター35キロメートルである。
こうした超燃費のガソリン・エンジンにするには、ディーゼル・エンジン並みに薄い混合気で燃やさなければならなくなる。超超希薄燃焼だ。これによってガソリンに火が点きづらくなり、燃え残り(PM)が多く出る。これを除去するにはGPFが必要になる。
最近、欧州の自動車メーカーばかりか国産メーカーも燃費向上を狙って採用するようになった直噴ターボエンジンは、PM2.5の排出量が多く、GPFが必要になる可能性が高い。DPFメーカーはGPFの生産もすることになり、かつガソリン車はディーゼル車よりもずっと多いので、生産量は倍加する。では、生産設備の拡大は可能だろうか。危惧すべきは、金融機関からの融資だ。
そうこうしている間に、主要国ではガソリン車も含めた内燃機関自動車の販売が禁止される。ノルウェーでは2025年から、スウェーデン、インドでは30年から、イギリス、フランスは40年からだ。DPFもGPFも不要になる。その生産システムも不要になる。金融機関からの融資は難しい。
エンジン車存続のキャスティング・ボートは部品メーカーが握る
エンジン車の存続のキャスティング・ボートは、産業の頂点に君臨する自動車メーカーが握っているわけではない。高度な技術を持つ部品メーカーの離脱こそが、エンジン車生産の息の根を止める。
遠くない将来にエンジン車の販売が禁止される。しかし、住友化学のようにエンジンの重要な部品の生産から撤退が相次ぐと、禁止される前にエンジン車の生産は実質的に不可能になる。それとも自動車メーカーは多くの部品メーカーにM&A(合併・買収)をかけて巨大化し、エンジン車の生産を続けるのだろうか。
(文=舘内端/自動車評論家)