サブカル出版社のアスペクトでギャラ不払い問題が発生というニュースに出版業界では驚きとともに受け止められているが、筆者は驚かなかった。なぜならば、筆者も印税未払いに巻き込まれている当事者であるからだ。
筆者は、アスペクトから何冊か本を出している。ブックライター(編集者兼ゴーストライター)というかたちでかかわっている本も多いので詳細は省略するが、当初の関わりは2008年に『アメリカの高校生が読んでいる経済の教科書』という本の編集を担当したときだ。
当時を知る出版界の関係者であればご存じだろうが、この頃は雑誌が急速に売れなくなり廃刊が続出し始め、版元も倒産を始めた最初の時期だ。単行本企画もなかなか通らなくなり始めた。そんななか、企画がすんなり通ったことで安堵したことを覚えている。
フリー編集者になったばかりの筆者にとっては、出版企画が通った瞬間は社会に認められたようでうれしかった。むろん今でも同様だ。
社員から悲鳴が上がり始める
もともとアスペクトは、学生時代にお世話になったこともある水道橋博士の本も出している出版社であることから、喜びもひとしおだった。前出の『アメリカの高校生が読んでいる経済の教科書』は、山岡道男早稲田大学教授らのアメリカでの経済教育を紹介する内容で、当時のリーマンショック直後の経済不安もあってベストセラーになり、その後、文庫化もされている。
このベストセラーをきっかけに増刷が行われ、『アメリカの高校生が読んでいる』はシリーズ化されていく。増刷を重ねているうえにシリーズの印税振り込みもあることから、詳細については毎年の確定申告の際に確認するという事後的な対応にとどまっていたが、当初は、印税未払いはなかったと思われる。
しかし、ある時点で担当編集者から説明があり、印税の一部が未払いになっていると明かされた。同時期に一斉に関係者に説明がされたようで、当時アスペクトが発売していた『浦和レッズマガジン』は決裂している。記録によれば、『浦和レッズマガジン』のアスペクト発売時代は2010年1月号までなので、その前後の時期だろう。
ただし当時は、筆者は別の出版社との不動産企画が好調で、そちらに注力していたことから、その報告を深刻にはとらえていなかった。
ところが、アスペクトが神田小川町から上野に移籍をした(2015年6月)頃から事態は深刻になる。担当編集者からも悲鳴のような声しか聞こえてこなくなったのだ。「社内でどんどん人が辞めていく。給料の未払いが続いている。信販会社からの借金で首が回らなくなりつつある」といった内容だ。
この担当編集者は有能なために責任ある立場にあり、さらに家族も抱えていることから、辞めるに辞められない状況にあった。担当編集者からは「実は、ここだけの話だが、アスペクトのオーナーは西和彦氏で、同氏は不動産を所有しているので、いざとなれば、すべての社の債務は整理できる」と説明があった。
西和彦氏といえば、起業家であり、マイクロソフト創業者のビル・ゲイツの友人でもあることから、筆者もその部分は安心していた。そして毎年のように、未払いの債権額だけは確認するという行為を繰り返すことになる。
だが昨年、編集者などの社員がついに辞表を提出し、未払い賃金請求訴訟に打って出たことから事態が動いた。それを受けて、多くの執筆者が出版契約解除に乗り出した。筆者もそのうちのひとりだ。
なお、アスペクトの元社員らと経営者の裁判は現在も続いており、次回は7月5日で、西氏も出席するという。どういった釈明が行われるのか注目したい。
(取材・文=松井克明)