2月23日付朝日新聞より
5年に1回の日銀総裁人事が大詰めを迎えている。オバマ大統領との会談を終えた安倍晋三首相が帰国後、24日の週内には人選が固まり、政府・自民党から野党、国会へ呈示される見通しとなっている、報道の現場は厳戒態勢だ。
事前に報道された場合、その人事は撤回にされる「事前報道ルール」が撤廃されたこともあり、各主要メディアは堰を切ったかのように、人事について観測気球を上げ始めている。
口火を切ったのは外資系通信社であるロイターであった。2月15日、ロイターは「日銀総裁に元財務事務次官の武藤敏郎氏(大和総研理事長)が最有力」と報じた。これに刺激されたのであろうか、時事通信は同月19日、「武藤氏と経済企画庁出身の岩田一政氏(日本経済研究センター理事長)を軸に最終調整」と報じた。地方紙に記事を配信する時事通信の報道は影響力が大きい。日米通信社の報道合戦の様相である。
次いで同月20日には、国内最大の部数を誇る読売新聞が「岩田一政日本経済研究センター理事長、黒田東彦アジア開発銀行総裁、岩田規久男学習院大教授、伊藤隆敏東京大学教授の4氏に絞られた」と報じた。4人はいずれも、安倍首相の有力ブレーンである内閣官房参与の浜田宏一エール大名誉教授が、著書の中で日銀総裁候補に挙げていた面々だ。
そして昨日23日、読売新聞に負けじとばかり、朝日新聞が一面トップで、「日銀総裁 黒田氏を軸に調整」と報じた。
読売、朝日の両紙が共通して総裁の最有力候補と挙げた黒田氏は、安倍首相周辺や麻生太郎副総理・財務・金融相が総裁の要件として挙げていた「国際人脈が豊富で、海外渡航を繰り返す体力もあり、英語等の語学も堪能。大きな組織を動かした経験もあり、何より安倍政権が進める金融緩和の理解者である」のいずれにも合致する。財務省出身であるが、国際畑で上がりポストが財務官であったことも、「財務省(主計局)アレルギーの強い野党の理解を得やすい」との配慮も働いている。
ただし、黒田氏はアジア開銀総裁としての任期が残っており、日銀総裁に転じた場合、後任のアジア開銀総裁ポストに引き続き日本人が就ける可能性は低くならざるを得ない。アジアでの存在感を維持したい日本にとって、アジア開銀総裁は手放せないポスト。一説には中国が後任ポストを狙っていると伝えられているだけに、悩ましい選択となる。また、黒田氏自身も「現状の仕事に満足している」と日銀総裁就任に否定的なニュアンスも発している。
黒田氏の古巣である財務省内での力学も影を落とす。「5年前に当時の野党・民主党の反対で総裁の芽を摘まれた武藤氏を是が非でも総裁に就けたい」との思いは、同省内で根強い。黒田氏が総裁に就くには、同省内の調整も避けて通れない。
安倍首相は国会での答弁で、「日銀総裁と副総裁2人のバランスも重要」と発言している。報道は先行しているが、総裁・副総裁のメニューは多様で、いろいろな案が官邸に持ち上がっているという。決めるのは安倍首相であり、「決定版は安倍首相の頭の中だけにある」(政府関係者)と言える。
日銀人事の最終案はマーケットの評価と野党の反応を視野に入れながら詰められる。為替は先のG20で日本の円安を牽制する声が高まったこともあり、これ以上の円安誘導ととれる施策は採りにくいが、アベノミクスを下支えする株高は維持しなければならない。同時にひっ迫する財政への配慮が伺える人選が不可欠。国債市場と株式市場が好感する総裁が条件となろう。
一方、野党の動きとして、最大野党である民主党参院から川崎稔、植松恵美子の両参議院議員が離党した。また、国民新党(参議院2議席)が自民党に合併を要請している。夏の参院選を控え、民主党内では「離党予備軍はほかにもいる」との見方も燻っており、日銀総裁人事の鍵を握る参院の勢力地図は流動的。それによって野党に提示する人事案も左右されよう。ギリギリまで状況を見極めたうえでの呈示が予想される。