次期FRB議長の有力候補として名前が挙がっていたのは、サマーズ氏とジャネット・イエレンFRB副議長。
サマーズ氏は28歳の若さでハーバード大学の教授に就任、2人のノーベル経済学賞受賞者を叔父に持つ天才肌。ビル・クリントン政権下で財務長官を務め、その後ハーバード大学の学長に就任したが、人種差別的な発言が批判を呼び、辞任している。バラク・オバマ大統領とは非常に親しい間柄で、次期FRB議長の最有力候補と見られていた。
一方、イエレン副議長はカリフォルニア大バークレー校の経済学教授を務めた後、FRB理事に就任、その後、サンフランシスコ連銀の総裁を務め、FRB副議長に就任。任期は14年10月まで。7月下旬には上院民主党議員の約3分の1がイエレン副議長をFRB次期議長として支持する書簡に署名し公表。さらに、下院女性議員37人も同様の書簡を公表している。
FRBは今年12月23日に創立100周年を迎えるが、この100年間で副議長から議長に就任した例はなく、また、女性議長も誕生していない。14年に次期大統領選挙の中間選挙を迎えるオバマ大統領としては、自らが初の黒人系大統領であるだけに、初の女性議長の誕生、それも初の副議長からの昇格という“初物尽くし”のイエレン副議長を議長に就任させることは、中間選挙への十分な宣伝となる可能性がある。
●イエレン副議長が議長に就任すれば、株高継続か?
サマーズ氏の辞退で、次期FRB議長はイエレン副議長が“ほぼ当確”との見方が支配的だ。
イエレン副議長は“筋金入りのハト派”といわれ、景気や雇用の拡大を重視することから、多少のインフレ率の上昇は容認する可能性が強い。つまり、現在行われている金融政策が長期間継続される可能性が大きくなる。
米国の金融緩和は、世界中に大量の流動性資金を放出しており、この流動性資金が世界中の株高を演出している。日本の株高も米国の金融緩和により実現している側面があり、また、新興国の株高も同様だ。その点では、イエレン副議長の議長就任は、大量の流動性資金が放出される状況を継続することになり、景気回復と世界の株高にはプラスとなる可能性が大きい。
しかし、事はそれほど単純ではない。実は14年1月に退任予定のベン・バーナンキ議長のほかにも、14年には複数のFRB理事の退任が予定されている。さらに、金融政策の決定の場であるFOMC(米連邦公開市場委員会)はFRB理事7名と地区連邦準備銀行(地区連銀)総裁5名の12名で構成されるが、この地区連銀総裁は輪番で交代する。さらに、地区連銀総裁そのものの交代も予定されている。
具体的には、FRB理事は8月にエリザベス・デューク理事が退任しており、サラ・ラスキン理事が財務副長官に就任する予定で、バーナンキ議長と同様にジェローム・パウエル理事が任期を迎える。FRBの議長、副議長を含めた7名のうち3名が交代する予定だ。現在のFRBは、バーナンキ議長の意思が尊重される「バーナンキ追随型」理事が多いが、理事交代でこの構成、つまりイエレン副議長が議長に就任した場合に、「イエレン追随型」になるとは必ずしもいえない。
加えて、FOMCで金融政策の決定に投票権を持つ地区連銀総裁5名のうち、ニューヨーク連銀総裁は常に投票権を持つが、他の4名の地区連銀総裁は輪番のため、現在のシカゴ、ボストン、セントルイス、カンザスシティに代わり、14年はミネアポリス、クリーブランド、フィラデルフィア、ダラスの各地区連銀総裁になる。このうち、クリーブランド地区連銀のピアナルト総裁は14年初頭に退任を表明しており、後任人事が注目されている。
つまり、FRB理事の構成、新たにFOMCの投票権を得る地区連銀総裁の構成によっては、新FRB議長の政策が否決される可能性があるということだ。世界経済の中核を司るFRBは議長人事だけではなく、FOMCの投票権を巡る人事においても、まだまだ予断を許さない状況なのだ。
(文=鷲尾香一/ジャーナリスト)