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江川紹子の「事件ウオッチ」第46回

【両陛下の慰霊訪問】で直視すべき、フィリピンの許しと日本の道義的責任

文=江川紹子/ジャーナリスト
【両陛下の慰霊訪問】で直視すべき、フィリピンの許しと日本の道義的責任の画像1日本人戦没者だけでなく、現地の犠牲者をまつる「無名戦士の墓」を慰霊訪問された両陛下。フィリピン側戦没者の慰霊は、両陛下の希望で実現したという。(写真は、両陛下の訪問を伝えるフィリピン主要紙「フィリピン・スター」のHP)

 今上天皇陛下は、私たち戦後生まれの国民にとって、良い歴史の先生でもあるように思う。日頃忘れがちな、あるいは知らない事柄について、陛下の言動を通して知ったり考えたりする経験をした人も多いのではないか。筆者もその一人である。

日本軍の加害の実態

 戦後70年の昨年は、とりわけそういう機会が多かった。たとえば、新年のご感想では「満州事変に始まるこの戦争の歴史」について学ぶ重要性を説かれ、米国などとの太平洋戦争だけでなく、中国での戦いから学び直す必要性を示された。4月のパラオ・ペリリュー島ご訪問は、太平洋戦争末期の激戦について、多くの国民が学ぶ機会となった。また、年末の誕生日記者会見では、戦時中に多くの民間船が徴用され、たくさんの船員が犠牲になったことを、「本当に痛ましく思います」と声を震わせて語られた。さらに、パラオ周辺の海に無数の不発弾が今も沈んでいることに触れ、「先の戦争が、島々に住む人々に大きな負担をかけるようになってしまったことを忘れてはならないと思います」と話された。

 そして、今回のフィリピンへの旅である。このご訪問は、同国での戦時中の日本の加害と犠牲を思い起こさせる(あるいは知らしめる)だけでなく、BC級戦犯として死刑や終身刑の判決を受けた元日本兵らに特赦を与えたキリノ元大統領の遺徳に光を当てることで、「許し」や道義的な責任など、多くのことを考えさせるものとなった。

 太平洋戦争当初、日本はフィリピンの米軍を駆逐し、この国を占領した。独立とは名ばかりで、差別的な対応や日本文化を強要する占領政策への反発もあり、現地の人々の抗日運動が起きた。その後、アメリカ軍の反撃と日本軍の抵抗により、激しい戦闘となった。多くの日本兵が山地に追い詰められ、餓死したり、病気で命を落とした。フィリピンにおける日本人戦没者の8割は餓死だったといわれている。多くの地元の人たちも犠牲になった。犠牲者数は、日本人51万8000人に対し、フィリピン人は111万人にも上った。

 フィリピン人犠牲者は、戦闘に巻き込まれて亡くなった人のほか、住民の中に抗日ゲリラが紛れていると疑心暗鬼になっていた日本軍に虐殺された人も少なくない。食糧を配るなどと欺かれ、集められた人たちが爆弾で一挙に殺害されたり、神父や修道女などのキリスト教聖職者も犠牲になった。さらに、日本軍による略奪、町村の破壊、女性への陵辱も横行したという。

 戦時中、上院議員だったエルピディオ・キリノも、戦争末期のマニラの戦いの中、妻子4人を失った。戦闘で自宅の一部が破壊されたため、妻と長男、長女、次女、三女が、近所にある妻の母宅に避難しようとした途上、日本兵に狙撃されたのだった。妻と長女が即死。妻に抱かれた2歳の三女は地面に投げ出され、しばらく泣いていたが、近づいてきた日本兵の銃剣で刺殺された。この時、キリノ本人は、次男と共に自宅から食糧や貴重品を運び出すための作業をしていた。翌日、激しい銃撃戦の中を、なんとか義母宅にたどりついて惨劇を知らされたキリノは、3人の遺体を収容しようと試みたが、砲撃や銃撃が続いており、三女の血まみれの遺体を回収するのがやっと。その小さな遺体を、キリノは木製トランクに収め、義母宅の庭に仮埋葬した。妻と長女の遺体は、数日間路上に放置された。さらに、次男も避難の途中にはぐれ、やはり日本兵に射殺された。このほか、戦火から逃れる過程で、義母、義妹、甥など5人の親族を失った(永井均『フィリピンBC級戦犯裁判』より)。

 終戦後、フィリピンの人たちの反日感情はすさまじかった。米軍によって移送される日本兵に対して、「ドロボー、バカヤロー」の言葉と共に石が投げつけられた。フィリピンでBC級戦犯を裁く裁判は、最初の1年半は米軍当局によって行われ、その後米国から独立したフィリピンに移管された。この時、マニュエル・ロハス大統領をはじめ、裁判の責任者たちは、「我々に暴虐を加えた者に対しても、公平かつ道理に即した裁判を行い、事実を記録して後世に伝える」と宣言。実際、反日感情が渦巻く中でも、フィリピン人弁護士は懸命の弁護を行った。

江川紹子/ジャーナリスト

江川紹子/ジャーナリスト

東京都出身。神奈川新聞社会部記者を経て、フリーランスに。著書に『魂の虜囚 オウム事件はなぜ起きたか』『人を助ける仕事』『勇気ってなんだろう』ほか。『「歴史認識」とは何か - 対立の構図を超えて』(著者・大沼保昭)では聞き手を務めている。クラシック音楽への造詣も深い。


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