食用葉であるパクチーが大ブームだ。食に関する調査などを行うぐるなび総研は12月5日、2016年に話題となった「今年の一皿」として、「パクチー料理」を選出した。
インターネットで「パクチー」を画像検索すると、「パクチー山盛り」「パクチー丼」「パクチージュース」「パクチーアイス」「パクチービール」など、かつて料理の脇役であったはずのパクチーが今や主役に踊りでた料理が無数に現れる。パクチー専門店も次々と新規オープンしている。いつから日本人はこんなにパクチーに魅せられたのだろうか。
健康志向が高まり、「排毒作用がある」「若返りに効果がある」などといわれているため、女性を中心に人気が高まり、パクチーブームを盛り上げているとみられる。
ちなみに、「パクチスト」などと自称するほどパクチー好きな人がいる一方、「カメムシと同じ匂いでまったく受け付けない」などと毛嫌いする人も多く、両極端に分かれる。ベトナムやタイに駐在する日本人のなかには、挨拶の次に覚えた現地語は「パクチーいらない」という逸話を持つ人もいるほどだ。あまりのクセの強さから、決して万人受けする食べ物ではないパクチーが、ブームになったのはここ数年だ。
以前は、スーパーマーケットなどでもパクチーを入手することも難しく、今でもタイ人、ベトナム人、中国人などがあまり住んでいない地域では陳列していない店も多い。
今や、パクチーブームに沸く日本。もともとパクチーは、中国、ベトナム、タイあたりで好まれている食材だが、これら3国ではどのように食べているのだろうか。また、日本のパクチーブームをどう見ているのか。東京在住のベトナム・タイ料理屋、在日中国人に話を聞いた。
ベトナム人も驚く「パクチージュース」
俳優ディーン・フジオカの舌をうならせたという絶品のフォーを提供する店として知られる東京江戸川区の「フォーおいしい」。同店の店主ジャン・ティ・キム・フォン氏は、18年前に来日し、その後、同店のオーナーとして切り盛りしている。
–ベトナムでは、パクチーはどのように使われていますか
ジャン・ティ・キム・フォン氏(以下、ジャン) 彩りと香り付けとして、よく使います。もちろん、本店で提供するフォーの中にも入れます。ベトナム料理では、脇役として使われています。また、フランスの影響でソースの材料のひとつとしても使用します。ほかにも、ベトナムでは一般的にはサラダにも入れて生で食されます。ただし、主役ではありません。日本の食材でいえば、三つ葉や大葉にたとえられるでしょう。
ベトナムでも北と南では地域性があり、南のほうが北より野菜をたくさん食べます。ちなみに、北のハノイでは rau mui (ザウ ムーイ)、 南のホーチミンでは ngo (ウングォ)と言います。「パクチー」はタイ語ですが、ベトナムでは南北で違う単語になっています。
–日本では最近、パクチー専門店が次々とオープンしています。この動向についてどう思われますか。
ジャン 私が18年前に来日した時は、パクチーに対する認知度が低く、知っていても「においがきつい」ということで嫌いな人が多かったです。今回、「今年の一皿」にパクチーが選ばれたことに、日本人がベトナム料理に親近感を持ち始めたとの印象を持っています。やはり、タイ人、中国人、ベトナム人が多く日本に住むようになり、店をオープンし、日本人もまた海外に行き、パクチーの味覚を覚えるようになったからだと想像しています。
–(「パクチージュース」「パクチー丼」等の画像を見せて)このような料理はベトナムにありますか。
ジャン いえ、ベトナムにはないですね。これは日本の料理ですか。すごいですね。確かにベトナム人もパクチー食べますが、これほどではないです。ただし、人やモノの移動がパクチー食文化を日本に広めましたが、今度はベトナムでは聞いたことがないパクチージュースやパクチービールが逆に日本からベトナムに広がるかも知れませんね。
パクチーメインの料理は日本のオリジナル?
次に、同じく江戸川区のタイ料理店「いなかむら」を訪ねた。同店は、日本にいながらタイの雰囲気と料理を味わえる本格タイ料理店だ。オーナーが不在だったため、タイから15年前に来日したという店員の方に話を聞いた。
–タイではパクチーはどのように使われていますか
店員 タイ料理での利用方法は、彩りや香り付けとしてスープに入れるか、料理の上に載せています。ただし、パクチーが主役になることはありません。私はパクチーが大好きですが、タイ人でも嫌いな人もいます。パクチーは主役じゃなくて脇役ですね。
–日本では、さまざまなパクチー創作料理があります。たとえば、パクチーのかきあげ、パクチー鍋、パクチーアイスなどがあります。
店員 タイでは、パクチー好きな人は料理に足すことがあります。しかし、このようにパクチーがメインの料理はタイでは見たことも聞いたこともありません。パクチービールやパクチージュースも同様です。パクチーを主役にした料理があるのは、日本だけではないでしょうか。昔は、パクチーを入手するのに苦労しましたが、ここ数年のパクチーブームはすごいですね。パクチー料理の写真を拝見しましたが、少し過剰かと思います。パクチーは健康に良いのですが、摂取しすぎるとよくないと思います。
–なぜパクチーがブームになったと思いますか。
店員 若返りに効果があり、血行が良くなるといわれています。健康志向が強まっていることも理由だと思いますが、テレビやインターネットでの宣伝の影響も大きいと思います。パクチーブームは、さらに2年くらい続くと思います。
パクチーブーム、長くは続かない?
さらに、都内に住む中国人で、中華料理店を営む店主は「ブームは一過性」とみる。
–中華料理では、パクチーはどのように使われますか。
中国料理人 パクチーは中国語では香菜(シャンツァイ)と言いますが、使用方法はスープに入れたり、茎を肉と一緒に炒めたりと、彩りや香り付けに使いますが脇役です。今、話題の専門料理は、あまりにもシャンツァイが主役になっていて、ほかの素材の味を消してしまうのではないかと思います。
–現在のパクチーブームをどのように感じますか。
中国料理人 私も日本に来て長いですが、日本は定期的になんらかの食材ブームがあります。ある時はトマト、別の時は納豆がブームになりました。今回も同じでしょう。私は、長くは続かないと見ています。このブームもそのうち終わるでしょう。
–ありがとうございました。
ベトナム人、タイ人、中国人に取材してみて、共通しているのは「パクチーはあくまで脇役であり、主役とはなり得ない」ということだ。ところが日本では、専門店がオープンし、主役になった。パクチーに慣れ親しんでいる国々の人でも、異口同音に「あり得ない」と驚きを表す。
この瞬間だけを切り取れば、世界でパクチーを最も好む国は日本といえるのかもしれない。だが、果たしていつまでパクチーブームが続くだろうか。
(文=長井雄一朗/ライター)