いつにもまして菅義偉官房長官が怒っている――。
首相官邸番の記者らの間でこんなことが囁かれたのは、野田聖子総務大臣の事務所が金融庁の調査を受けていた仮想通貨業者の関係者を同席させて、金融庁の担当者に説明させていた一件についてである。朝日新聞の一報を受け、菅長官は7月19日の定例記者会見で、「詳細を承知していない。野田大臣ご自身が説明されていると思う」と突き放した。
その後、金融庁が、朝日新聞から情報公開請求があったことを情報公開の決定前に当事者の野田大臣に伝えていたことが明らかになった。菅長官はそれを受け7月25日、会見で「政府としてあってはならないことだ」と厳しい口調で情報を漏らした金融庁職員について処分を検討する考えを示した。
後日、金融庁は幹部4人を厳重注意処分とし、野田大臣も1年間の大臣給与自主返納という処分を自らに下さざるを得なくなった。金融庁の案件ではあるが、金融担当大臣の麻生太郎氏ではなく、菅長官が処分への流れをつくったかたちとなった。
一連の経緯をめぐり菅長官が「怒っている」というわけだが、その裏にあるのは、9月の自民党総裁選における安倍首相の対抗馬の問題だ。総裁選出馬への意欲はありながら、20人の推薦人を集めることに四苦八苦していた野田大臣だが、今回の一件で出馬の可能性はほぼ消えた。
金融庁への圧力や情報漏えい問題だけではなく、野田大臣の夫が仮想通貨業者と関係があるなどとの週刊誌報道もあり、推薦人を断る口実を与える決定的なダメージとなったといわれている。こうした結果を誰よりも残念がっているのが菅長官だという。
「菅さんは総裁選が安倍首相vs.石破茂の一騎打ちになるのは避けたいと思っていた。一騎打ちは、あとにしこりが残る。安倍首相が3選を果たしたとしても、結果的に、その後の政権運営が不安定になる。そのため菅さんは、野田さんに自分の息のかかった無派閥議員を推薦人として貸す気でいた。しかし、今回の情報漏えい問題でそれも難しくなった」(自民党中堅議員)
つまり、菅長官は野田氏の脇の甘さに怒っているというわけだ。
菅長官は“党人派”
自民党内には無派閥議員が73人おり、それは安倍首相の出身派閥である細田派(94人)に次ぐ勢力。第2派閥の麻生派(59人)よりも多い。菅長官は派閥を持っていないが、73人中、約半数が“隠れ菅派”で事実上の菅グループである。
菅長官は代議士秘書、横浜市議出身のたたき上げの“党人派”で、師と仰ぐのは梶山静六元官房長官。安倍首相を支える菅長官だが、いわゆるタカ派色の強い安倍首相の“お友だち”ではない。安倍首相に近い議員からは、毛色の違う菅長官はむしろ疎まれている。
安倍首相は今回の総裁選を「無投票3選」にしたがっていた。だから岸田文雄政調会長に対し、アメとムチで熱心に不出馬の道を説き、断念させた。石破氏についても総裁選後の冷や飯を吹聴することで周囲を震え上がらせ、断念させたい気持ちがあったほどだ。
「総裁選で敵対すれば干す」。これが、安倍首相に近い人々の思考だが、菅長官は安倍首相個人ではなく安倍政権を守るのが自らの役目と考えている。そのためには、石破氏に野田氏も加えた三つ巴の戦いが、あとにしこりを残さず、挙党一致で政権が盤石になると考えたわけだが、その思惑は潰えた。
野田氏の金融庁圧力の一件を朝日にリークしたのは麻生氏であり、総裁選出馬の芽を潰すためだったと永田町ではいわれているが、それも菅長官がこの一件に対し激怒する理由なのだろうか。
(文=編集部)