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江川紹子の「事件ウオッチ」第111回

【警察庁長官狙撃事件】捜査はなぜ失敗したのかーー反省なき公安警察への危惧

文=江川紹子/ジャーナリスト
【警察庁長官狙撃事件】捜査はなぜ失敗したのかーー反省なき公安警察への危惧の画像1担当刑事による貴重な手記『宿命 警察庁長官狙撃事件 捜査第一課元刑事の23年』(原雄一/講談社)

 オウム真理教の死刑囚の執行が相次いだ時、テレビ番組が久しぶりにオウム事件の特集を組み、私もそのいくつかに出演して、驚いたことがあった。それは、今なお、1995年に國松孝次警察庁長官が何者かによって自宅付近で狙撃された事件をオウムの犯行だと思っている人たちが少なくなからずいる、ということだ。

警察庁長官狙撃事件とは

 そして、9月2日に放送された『NHKスペシャル 未解決事件シリーズ・警察庁長官狙撃事件』を見て、二度びっくりした。というより、唖然とした。警視庁公安部長として同事件の捜査を指揮し、オウム犯行説に固執して大失敗した米村敏朗・元警視総監らが、今も「(犯人はオウムという)見方は間違っていなかった」などと、平然と述べているのだ。

 NHKの番組そのものは、警視庁のわずか10人の特命捜査班が追った、オウムとは無関係の男に焦点をあて、事件の真相に迫ろうとする一方で、当時の捜査にかかわった元捜査員や銃の専門家などの証言も多く紹介し、オウム犯行説にこだわった捜査の問題点も浮かび上がらせ、見応えがあった。

 特命捜査班が追ったのは、拳銃を使った犯罪を繰り返し、現在は無期懲役刑が確定して服役中の中村泰・受刑囚だ。その供述には、公表されていない事実がいくつも含まれており、裏付けも多数得られていて、信用性がかなり高いことをうかがわせる。彼が隠し持っていた多くの銃と実弾も押収された。アメリカで購入しては、分解して機器類の中に隠し密輸していたのだった。犯行に使われたのと同じ、コルト社製パイソンの長銃身拳銃もアメリカで購入していることが明らかになっている。アジトからは、國松元長官の自宅周辺の地図や、犯行をうかがわせる詩なども発見された。

 中村受刑囚の犯人性の高さが高まれば高まるほど、組織を挙げ、15年の歳月をかけ、おそらくは多額の税金を投入しながら事件を解決できなかった警視庁公安部の「捜査」とは、いったいなんだったのか、という思いが募る。

 一般の人がオウムの犯行と思い込んでいるのは、メディアが流した情報の影響だろう。事件発生直後のみならず、その後も頻繁かつ大量に、オウム犯行説に基づく情報が流された。そのうえ、それを修正する情報はごくわずかだ。そのために、多くの人の頭に「長官狙撃事件→オウム」というイメージがすり込まれ、固定してしまったのは理解できる。各メディアは、大いに反省すべきだ。

 確かに、長官狙撃事件が起きたのは、オウム真理教が地下鉄サリン事件を引き起こした10日後であり、警察がオウムに大がかりな強制捜査を開始した8日後で、発生直後は誰もがオウムによる犯行と思った。私もその一人である。

 しかし、状況が判明してくると、この事件は一連のオウム事件の犯行態様とはかなり異質であることがわかった。私が特にそれを感じたのは凶器だ。オウムが教団外の者を殺害した(もしくは、殺害しようとした)事件は、手で首を絞めるなどした坂本弁護士一家殺害事件を除けば、どれも自作の凶器を使っている。当初は、自分たちが培養した細菌を噴霧したが失敗。その後、化学兵器の製造に着手し、サリンによる攻撃は何度かの失敗の後に、松本サリン事件で成功させた。自前のVXによる殺人・同未遂事件も3件起こした。毒ガス・ホスゲンは、私(江川)の自宅を襲撃するのに使ったが、殺害には失敗。強制捜査を攪乱しようとして起こした事件でも、青酸ガスの発生装置や小包爆弾を自分たちでつくった。

 彼らは、銃の密造も行った。完成品を密輸するのではなく、ロシアでカラシニコフ銃を手に入れて分解し、部品を計測して図面を引き、自分たちでつくろうとしたのである。核兵器さえ、自分たちでつくろうという妄想を抱いたこともある。

 また、オウムの事件は、一見計画性があるように見えて、実はかなり行き当たりばったりなところが多いのに比べ、長官狙撃事件は綿密な計画性が感じられるというところも、違いのひとつだ。

 さらに、疑いをかけられたオウム信者たちのなかには、ほかの死刑相当の殺人事件については関与を認めても、長官事件だけは「絶対にやっていない」と頑強に否認していた。彼らが、本件だけを隠さなければならない理由はなかった。

 それでも、オウム関係者が犯行に使ったのと同じ拳銃を入手した形跡があるなど、教団と事件を結びつけるなんらかの証拠があれば、話は別である。事実に基づいて、教団関係者の捜査を進めるべきだ。

 ところが、そうした事実が、何も見つからなかった。

江川紹子/ジャーナリスト

江川紹子/ジャーナリスト

東京都出身。神奈川新聞社会部記者を経て、フリーランスに。著書に『魂の虜囚 オウム事件はなぜ起きたか』『人を助ける仕事』『勇気ってなんだろう』ほか。『「歴史認識」とは何か - 対立の構図を超えて』(著者・大沼保昭)では聞き手を務めている。クラシック音楽への造詣も深い。


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