10月6日、東京都民の胃袋を満たしてきた築地市場が、その役割に幕を下ろした。“築地ブランド”は東京のみならず全国にも轟き、また外国人観光客もその食を目当てに大挙して押しかける。それが築地市場だった。
築地市場問題が浮上したのは、実は20年以上も前に遡る。当時の都知事は鈴木俊一氏。世間はバブル景気に沸いていた。
築地市場は、日本橋にあった魚市場と京橋にあった青果市場を統合するかたちで誕生した。2つの市場が統合した理由は、関東大震災によって市場が壊滅し、再建するために新天地を築地に求めたからだ。昭和10年に操業を開始した築地市場は、東京の台所として機能した。しかし、当時の物流は鉄道が主役。それを念頭に置いて設計された築地市場は、トラック物流という時代変化に対応が難しかった。また、築地の卸売市場そのものは小さく、施設の大型化も時代の要請だった。
築地市場を補完する卸売市場として、鈴木都政では最新鋭の施設となる大田市場の開設を発表。1989年から操業を開始した。大田市場が開業しても、築地市場の取扱量は増加の一途をたどった。結局、築地市場のキャパシティは限界を超え、築地市場問題は焦眉の急となった。
このときの築地市場問題は、移転を前提にした話し合いではなかった。卸売市場をそのまま築地で拡張させるのか、それとも新たな場所に移転して拡大させるのかで意見が真っ二つに分かれていた。鈴木都知事は築地市場を移転させずに、築地市場を拡張させることを決断。こうして、築地新市場計画はスタートした。
バブル期、都心から近かった築地は驚くような地価の高騰を見せた。市場整備費は、事前の予算を大きく上回る約2300億円と試算された。それでも予算が足りず、計画が進むにつれて1000億円以上の追加予算が発生した。さらに整備費が足りなくなる可能性があり、鈴木都知事は市場の整備を断念。築地新市場計画は棚上げされた。
東京都による“兵糧攻め”
再び築地市場問題が浮上するのは、石原慎太郎都知事が就任した直後だ。石原知事は就任早々から、膠着した問題を大胆に動かそうとした。そこには、江東区豊洲にあった東京ガスの工場が移転し、跡地を東京都が購入したという経緯があった。東京都は、ガス工場跡地を築地市場の代替地と早急に決定。ここに移転の方針が固まった。
他方、ガス工場跡地ということもあり、市場関係者からは土壌汚染を心配する声が絶えなかった。市場関係者の強い反対を懸念した東京都は、土地の無害化を確約。こうして、市場関係者たちの心は移転に傾いていく。長らく築地で働く市場関係者はこう話す。
「当時は、築地市場で働く人たちだけではなく、出入りする業者でも移転に賛成する人なんていませんでした。しかし、反対している間も、築地市場はどんどん老朽化していきました。東京都は移転含みで計画を進めているので、施設更新はおろか補修もしません。そうした事情もあって、このまま老朽化した施設では営業を続けられないと根負けした業者が増えたのです。結果、『移転やむなし』という結論になったのです」
今般、築地市場関係者の間でも表向きは豊洲移転に賛成と反対が半々で拮抗している。しかし、賛成派の多くも東京都による“兵糧攻め”に白旗を揚げたにすぎない。築地で商売を続けたいというのが本音なのだ。
「当時、石原知事から『豊洲は絶対に安全』というお墨付きの書状も業者に配布されました。2014年には豊洲市場の起工式も挙行され、もう反対しても止まらないという理由で移転反対派もしぶしぶ準備を進めたのです」(前出・築地市場関係者)
業者にも無駄な出費を強いる
しかし、小池百合子氏が16年8月に新たに知事に就任。その直後に、11月7日に迫っていた豊洲移転は延期された。小池都知事が移転を延期する理由として、以下の3点を挙げていた。
(1)安全性への疑問
(2)建設費等が不透明
(3)情報公開が不徹底
これらを理由に豊洲市場への移転は延期されたわけだが、突然の延期は、しぶしぶ移転準備を進めていた関係者たちにも動揺を広げた。中央区職員は言う。
「築地市場が立地している中央区にとって、築地市場はかけがえのない財産です。市場が移転すれば、中央区のにぎわいも消失しますから、そう簡単に移転を受け入れることはできません。中央区は都との長い話し合いを経て“移転やむなし”と決断し、これまでのにぎわいや築地ブランドを維持できるように『築地魚河岸』という新たな施設を整備しました。築地魚河岸は卸売市場ではなく、プロも満足できる卸売機能を持たせつつ、一般客でも気軽に買い物ができるような売り場を目指した施設です。築地市場移転後も、中央区は築地魚河岸を核にした街の活性化に取り組んでいく予定でした」
しかし、築地市場が移転を延期したことで、築地市場と築地魚河岸が並立。巨額な税金を投じて建設した築地魚河岸と場内市場とが食い合う状態になってしまった。
「市場が豊洲に移転しても、これまでの取引してきた築地や銀座の料亭・飲食店をつなぎとめるために築地魚河岸に店を構えたという業者さんもいます。その業者さんたちにとっては、移転延期で無駄な出費になってしまったのです」(同)
豊洲移転のために始発電車のダイヤを繰り上げた東京メトロとゆりかもめも、小池知事の判断でとばっちりを受けた。
「『買出人が朝のセリに間に合わない』という声がありましたので、買出人への便宜を図るために豊洲移転に合わせて東京メトロ有楽町線とゆりかもめは始発電車のダイヤを早めました」(ゆりかもめ職員)
東京メトロはともかく、ゆりかもめがダイヤを早めても利用者は市場関係者しかいない。しかし、市場移転が延期したことで、ガラ空きの電車を運行するハメになった。ダイヤ改正は人件費やシステムの更新などで莫大な費用を必要とする。それらが、無駄になったことになる。
これらに加え、広く指摘されているように移転延期で環状2号線の開通が遅れたといった影響もある。
新たな欠陥が次々と露呈
小池都知事が述べるように3点の課題が完全に克服できていれば、移転を延期した意味もあるだろう。しかし、移転延期から約2年間が経過しても、これらが解決したとはいいがたい。
課題が解決したわけではないのに、小池都知事が築地市場の移転を決めた理由はなんなのか。
「都知事選に圧勝したときの勢いがあれば、小池都知事は強気のまま築地移転を撤回することもできたかもしれません。しかし、首相就任という野望を抱き、希望の党を立ち上げたものの衆院選で惨敗を喫しました。そこから人気も急落し、このままでは2期目の再選が危うくなりました。オリンピックの開幕直前に次の都知事選が控えています。オリンピック開幕時に都知事でいるためには、自民党からの支持が必要です。築地移転は自民党の言い分をのみ、その見返りに2期目の都知事選の支持を取り付けようというヨミなのでしょう。衆院選の敗北で、小池都知事は完全に自民党の軍門に降ったわけです」(都政記者クラブの記者)
移転日を目前にした10月5日の定例会見では、3点の課題をクリアにしたと小池知事は胸を張った。しかし、居並ぶ記者たちの間には明らかに白けたムードが漂っていた。
移転延期を表明してからの2年間で、豊洲市場は小池都知事が挙げた3点の課題のみならず新たな欠陥が次々と露呈している。習熟訓練をしている業者たちが、豊洲市場の構造的な欠陥をSNS上で次々と指摘している。
小池都知事は「開場後はすみやかに動けるよう習熟訓練を実施している。習熟訓練をしても慣れないうちはスムーズに動けず混乱も起きるだろうが、早期に軌道に乗るように都も対応していく」と会見で述べた。
豊洲市場にアクセスする道路が渋滞することや市場内の構造的な欠陥は、慣れの問題ではない。小池都知事の発言は、まるで卸や仲買人に非を転嫁するような意味を含んでいる。移転延期から2年間で、何ひとつ豊洲に改善は見られない。結局のところ、無駄に時間と金を浪費し、築地市場関係者の余計な軋轢を生み出しただけになりそうだ。
(文=小川裕夫/フリーランスライター)