アメリカのトランプ政権が進める「アメリカ・ファースト」の隠された狙いは、「中国封じ込め」といっても過言ではない。トランプ大統領はことあるごとに「中国批判」を繰り返し、「このままではアメリカは中国の軍門に下ることになりかねない。今が最後の踏ん張りどころだ。中国を徹底的に干上がらせる」と関税・貿易戦争の口火を切った。米中関係は今や「新冷戦」と呼ばれるほどに緊張が高まっている。
世界を震撼させたサウジアラビア人ジャーナリストの行方不明事件に関連しても、「アメリカがサウジアラビアへの制裁を行えば、中国を潤わせるだけだ」と、事件への関与が濃厚なサウジの若き皇太子を擁護する際にも、“中国ファクター”をにじませている。対米貿易黒字を一方的に積み重ねる中国に対して、トランプ政権は堪忍袋の緒が切れた状況に違いない。
いうまでもなく、中国による国際的な影響力の拡大は目覚ましいが、その象徴的な動きが習近平国家主席の肝いり政策「一帯一路計画」であろう。中国には「要想富、先修路」ということわざがある。「豊かになりたければ、まず道路を整備せよ」という意味である。インフラ整備を通じて、自国内に限らず、世界に覇を唱えようとする「中国の夢」とも合致する。これまでのアメリカ主導の国際秩序を中国式に塗り替えようとする大胆な試みといえよう。しかも、インフラ整備の裏側では途上国の港湾や戦略拠点を自国のコントロール下に置こうとする動きも見られる。アメリカが警戒するのももっともだ。
中国による大胆なインフラ整備計画の背景には1970年代までの貧しい国を「改革開放」政策の下、わずか40年でアメリカと肩を並べるまでに経済発展を成し遂げたという自信が感じられる。アメリカでも日本でも中国の台頭を「新たな脅威」と受け止め、警戒する向きもあるが、朝鮮半島の安定化一つをとっても、中国の関与は無視できない。
日本にとって中国は今やアメリカを抜いて、最大の通商貿易相手国になっている。それどころか、世界110もの国々にとっても、中国は最大の貿易相手なのである。ここは冷静に中国の動きと、その意図を分析し、ウィンウィンの関係を目指す時であろう。
「一帯一路」のため日本を利用
というのも、このところ中国の「現代版シルクロード」計画への警戒や反発が各地で顕在化しているからだ。具体的には、スリランカ、マレーシア、パキスタン、モルディブ、そしてシエラレオネといった途上国では「中国の融資や援助は危ない。最終的に中国に土地を奪われる」との恐れが広がり、こうした国々での大統領選挙では「反中国」を訴える候補が相次いで勝利している。こうした事態に直面し、中国自身も対応を再検討し始めているようだ。要するに、中国だけでは信用されないので、「途上国援助で実績のある日本と手を結ぶことで、中国への不信感を和らげよう」という発想なのである。
本年5月の李克強首相の来日を契機に、日中両国が第三国市場で協力する可能性を探ることが決定した。その第1回会合が去る9月に北京で開催された。これは「歴史上、もっとも野心的な経済発展計画」と呼ばれる「一帯一路」構想を推進する上で、特に途上国の間で首をもたげつつある「中国脅威論」を払拭するために、日本の信用力を活用しようとする試みでもある。
「中国版マーシャルプラン」とも受け止められるのだが、5年前に習近平国家主席が打ち出した「現代版シルクロード経済圏構想」を進化させようとするもの。これまでは豊富な資金力をバックに中国が大胆なインフラ輸出に取り組んできたが、各地で受け入れ国との軋轢が目立つようになってきた。まさに日本の出番といえるだろう。
受け入れ国の反発を目の当たりにし、新機軸を打ち出す必要に迫られた中国は「エコロジー(生態)文明」を標榜し、その趣旨を憲法にも明記することになった。この分野では省エネ、再エネなど環境技術を軸に日中の協力の可能性が高い。日本から学んだ新幹線技術を応用し、中国全土に高速鉄道網を整備した中国では、その流れをさらに進化させ、風力自家発電で時速500キロの高速移動を可能にしつつある。翼を付けた高速鉄道であり、日本の協力の下、実験が加速している。日本ではまだ検討段階であるが、いち早く中国では実証実験が始まった。また、タイやインドネシアで中国が受注した高速鉄道事業が順調な軌道に乗っていないため、本家本元の日本に協力を仰ぐ動きも出てきた。
一帯一路で世界経済の45%をカバー
そして、国内の政治基盤を強めたい習主席は「一帯一路計画」を通じて、アジアとヨーロッパを結ぶ新たな物流インフラの建設を通じて、「メイド・イン・チャイナ」の製品輸出に余念がない。実現すれば、世界人口の60%、そして世界経済の45%をカバーすることになるからだ。この計画には国連はじめ、100を越える政府や国際機関が協力文書にすでに署名をしている。
注目すべきは、中国の目指す「一帯一路」経済圏には中東やアフリカも含まれることである。昨年、1500人のお供を連れて日本を訪問したサウジアラビアのサルマン国王だが、東京から北京に移動すると、日本以上に経済、軍事の両面にわたる協力関係の強化に努めた。特に、新疆ウイグル自治区などにイスラム教徒を多数抱える中国にとってはサウジアラビアの持つ情報と影響力は是が非でも手に入れたいもの。すでにテロ対策を専門にする特殊部隊の合同演習も始まった。現代版シルクロードの成功には周辺の治安維持が欠かせないからだ。
一方、脱石油社会への変革を模索するサウジは「サウジ・ビジョン2030」を打ち出している。実は、この中期・長期計画にとって、習主席の「一帯一路」は補完効果が期待できるため、両国は50を越える協力プロジェクトに合意した。
独裁的な王室体制には内外から懸念の声も上がっているサウジとは共通点も多い。トランプ大統領の下で「アメリカ第一主義」と銘打った孤立主義に走りそうなアメリカとは対照的に、サウジアラビアも中国もこの「一帯一路」と「サウジ・ビジョン2030」を合体させることで、より開かれた通商貿易体制をアピールしようと試みているわけだ。
実際、サウジアラビアでは「ジョリーチック」と呼ばれる中国発のネットショッピングが大ブームを巻き起こしている。進出からわずか3年で、サウジアラビア、UAE、ヨルダンの3カ国で3500万人もの登録ユーザーを確保。リヤド郊外の配送センターで扱う商品は大半が中国製品であるが、その数たるや1億個に達する。1日平均20万個の商品が売れているという。しかも、現地の雇用を新たに5000人分生み出しており、失業率の高いアラブ諸国では大いに歓迎されているようだ。日本の100円ショップ「ダイソー」も進出しているが、まったく勝負にならない。
と同時に、多くの東南アジアや南アジア諸国は、中国の軍事的な動きを懸念しているものの、中国が得意とする「札束外交」とも揶揄される経済援助や世界最大の人口を抱える市場の潜在的魅力には抗うことができないという、ジレンマに陥っている。軍事的衝突を繰り返したベトナムですら、中国との政治、経済的対話の道を慎重に模索しているのも、そのためであろう。中国は本年に入り、ベトナム南部における大型の石炭火力発電所の建設計画を相次いで発表した。
フィリピンのドゥテルテ大統領がアメリカを見限り、中国との関係強化に舵を切ったのも、チャイナ・マネーの威力のなせるワザにほかならない。ただ、フィリピンに住む中国人によって展開されている「フィリピンは中国の一部」というキャンペーンには警戒心が高まっている。インドネシアでも中国系華僑が経済を牛耳っている歴史から、水面下では中国への反発が高まりつつあるようだ。
中国が世界の金融システムをコントロールする日
そんななか、新たに注目すべきは中国とロシアの関係で、このところかつてないほど強力かつ多方面にわたり依存関係を深めつつある。習主席とロシアのプーチン大統領の相互依存関係は資源開発やテロ対策を主眼とする「上海協力機構」にとどまらない。中央アジアのインフラ整備に始まり、エジプトの首都移転計画やアフリカ、中東地域においても同様の動きが進んでいる。日本との間で「未解決問題」となっている北方四島にしても、日ロの共同開発事業が遅々として進まないため、ロシア側は「動きの遅い日本に見切りをつけ、中国や韓国、北朝鮮との間で南クリル(北方領土のロシア表記)の開発を進めたい」と言い始めるありさまだ。
プーチン大統領は「ロシアと変貌する世界」と題する論文のなかで、「中国との連携を軸にシリア情勢、イランや北朝鮮の核問題など、欧米とは一線を画す」姿勢を鮮明に打ち出している。その流れを強化するように、2018年9月、ロシアは中国と合同で冷戦後最大の規模となる「ボストーク2018」と銘打った軍事演習を実施した。亡くなったロシアのプリマコフ首相は生前繰り返し述べていた。「モスクワ・北京・ニューデリーの3カ国の連携によってアメリカの支配構造を変えることができる。それがロシアの夢だ」。
要は、プーチン大統領は、崩壊した旧ソビエト連邦を自らの手で蘇らせたい、との歴史的野望を秘めているのである。「ソ連崩壊は20世紀最悪の地政学的な悲劇だった」と主張してやまないプーチン大統領。「ユーラシア同盟」の名の下で旧ソ連の復活を模索している。「中国の夢」と称して、4000年、ときには5000年の歴史を背景に、中華思想を実現しようとする習主席の路線と共通する部分が多いのも当然であろう。互いにけん制し合う面もあるが、ロシアも中国も相互依存で得られるメリットを追求しようとしているわけだ。
その観点からも注目すべきは、習主席が最近打ち出した「ブロックチェーンを活かした世界の金融決済システムの標準化」である。インターネットは世界の情報ネットワークを一変させたが、ブロックチェーンは金融のあり方を含め、社会地盤を根底から変える技術として受け止められている。
その根幹の部分を中国がコントロールしようというのである。実は、これこそが中国が進める「一帯一路計画」の隠されたゴールといえるもの。金融システムを皮切りに社会構造そのものを「中国色」に塗り替えようというわけで、「ドル支配」を「仮想通貨中心」に変えようという試みにほかならない。
日本でもブロックチェーン技術の研究が金融機関を中心にして始まったが、残念ながら、中国と比べると周回遅れと言わざるを得ない。中国は香港やシンガポールを通じて、アジアやアフリカにもブロックチェーンによる新たなビジネスモデルの構築に余念がない。その結果、ブロックチェーンに関する技術特許の大半を中国が押さえてしまった。アリババはその代表格である。同社はなんと15億ドルをブロックチェーン技術の開発に投入している。
それ以外にも中国ではブロックチェーンを社名に使っている企業がすでに3000社を超えた。昨年の段階では600社であったが、1年で5倍に膨れ上がった。その急速な事業展開の裏には習主席の強い対米対抗意識が隠されている。同氏が掲げる「メイド・イン・チャイナ2025計画」は科学や製造業の分野で中国を世界のリーダーの地位に高めようとする国家戦略である。その実現のためにもブロックチェーン技術を最大限に活用しようというわけだ。残念ながら、日本での取り組みは極めて限定的である。
とはいえ、日本が国際貢献できる分野のすそ野は広い。ブロックチェーンの応用分野もしかりである。中国の中央銀行に相当する人民銀行の決済システムを開発したのは日本企業にほかならない。確かに中国は大風呂敷を広げ、派手な政策を打ち出すのが得意であるが、手堅く着実に形を整えていくのは日本のお家芸といえよう。この両者がどのようなタッグを組めるのか、その可能性をじっくりと見極める必要がある。
(文=浜田和幸/国際政治経済学者)