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牧野知弘「ニッポンの不動産の難点」

高齢住民の孤独死が週1回…公営住宅団地のスラム化が始まっている 

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「Getty Images」より

 ニュータウンという言葉は、1944年、イギリス・ロンドン大学のパトリック・アーバクロンビー教授が作成したとされる「大ロンドン計画」に登場したものだ。

 そのなかで、教授は人口が過密化するロンドンを同心円状に中心部から、「内部市街地」「郊外地帯」「グリーンベルト」「周辺地帯」に分け、人口の配置を図った。すなわち、中心市街地である「内部市街地」においては、一定限度においての人口の高密度化は認めるものの、「郊外地帯」では人口の過密化を抑制、都心から20キロから30キロに相当するエリアの「グリーンベルト」では基本的に開発そのものを抑制、そしてそのさらに周辺部を「周辺地帯」として、ここに新たな新都市を構想していこうというものだった。

 新都市では、新しい産業を勃興させ、中心市街地とは別の人口集積を行い、かつ独立した都市圏をそれぞれに形成していくことが基本理念だった。

 この大ロンドン計画に倣ったのが、1956年に制定された首都圏整備法だといわれている。同法では、東京都区部を中心として周辺7県を広域として、郊外部に新しい都市を形成し、都区部などの中心市街地との間にはグリーンベルトを設置するという意欲的なものだった。

 ところが、このグリーンベルトはロンドンでのように開発を抑制するのではなく、建蔽率を低くすることによって緑地を確保することなどが主眼であったために、のちに形骸化し、結果として違法建築が横行することになる。

 そこで1968年に制定された都市計画法において市街化区域と市街化調整区域のようなかたちでの緩やかな規制となり、東京郊外にできた多摩ニュータウンや、大阪の千里ニュータウンなどは、大都市に通勤をする人のための「ベッドタウン」としての意味合いを強めていくことになった。

「下駄履き団地」

 では、これまでに日本ではどのくらいの数のニュータウンが建設されてきたのだろうか。国土交通省では、1955年度以降に建設されたニュータウンについてリスト化して公表している。まずニュータウンの定義だが、リストにおいてはその対象を、

(1)1955年(昭和30年)度以降着手の事業

(2)計画戸数1000戸以上または計画人口3000人以上を計画したエリアのうち開発面積が16ヘクタール以上のもの

(3)郊外での開発事業であること

などと定義している。この定義によれば、全国のニュータウンは計画地区数で、2009カ所、面積にして18.9万ヘクタールにも及んでいる。大阪府の面積が約19万ヘクタールであるから、その規模の大きさが想像できる。全国の市街化区域の13%がニュータウンというのが現状だ。さらに驚くべきことに、事業が終了したニュータウンは1828カ所、つまり今でも計画段階のニュータウンが181カ所も存在している。

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