なぜ「帰省の女性」はPCR検査陽性でも高速バスで帰京?保健所の指示を無視、虚偽の申告
東京都の20代の女性が、味覚や嗅覚に異常を感じながら、山梨県の実家に帰省して友人らとバーベキューなどをしたうえ、実家滞在中にPCR検査で陽性反応が出たのに、判明後に高速バスで帰京したと報じられた。
この女性は、5月1日に山梨県内で検査を受けた際、県から検査結果が出るまで実家に待機するとともに公共交通機関の利用を控えるよう要請されていた。にもかかわらず、2日午前9時頃保健所から陽性との報告を受けたときには、「既に都内に帰宅している」と説明した。おまけに、これは虚偽の説明で、実際には、同日午前10時過ぎに富士急ハイランドバス停から新宿行きの高速バスを利用して帰宅したという。
一連の報道が事実とすれば、この女性には次の2つの特徴が認められる。
1) 想像力の欠如
2) 屈服することのない意志
まず、新型コロナウイルスを周囲の人にうつし、場合によっては危険にさらしかねないことに想像力が働かないように見える。東京都で暮らしていた4月26日頃から味覚や嗅覚に異常を感じていたようだが、新型コロナウイルスに感染すると味覚障害や嗅覚障害などの症状が出やすいことはたびたび報道されており、自分が感染している可能性は十分考えられたはずだ。にもかかわらず、同月29日に高速バスで帰省し、30日に友人ら4人とバーベキューをするなどしている。
この時点では、まだ感染の可能性があるという段階だった。だが、PCR検査で陽性反応が出たことを知った後、高速バスで帰京したのは、配慮が足りなかったと批判されても仕方がないと思う。これは、自分が他人に感染させるかもしれない危険性に考えが及ばなかったからではないか。
屈服することのない意志は「悪性の自己愛」に由来
もう1つ私が注目するのは、この女性が屈服することのない意志の持ち主であるように見えることである。
感染防止のために帰省を控えるようにという呼びかけが再三再四なされているにもかかわらず、この女性は実家に帰省した。また、ゴールデンウイーク中も外出自粛が要請されているにもかかわらず、友人ら4人とバーベキューをしたうえ、別の20代の男性と濃厚接触しており、この男性の感染が確認されている。極めつきは、検査を受けた時点で自宅待機と公共交通機関の利用自粛を要請されたにもかかわらず、高速バスで帰京したことだ。
こうした言動を振り返ると、行政機関から何を要請されようが、他人から何と言われようが、自分のやりたいことはやるという強い意志の持ち主であるように見受けられる。
意志が強いのはいいことと思われるかもしれない。だが、「過ぎたるは及ばざるがごとし」という言葉通り、異常ともいえるほど強い意志の持ち主は、他人に迷惑をかけることが少なくない。
このように異常に意志が強い理由について、アメリカの精神科医、M・スコット・ペックは「自分の罪悪感と自分の意志とが衝突したときには、敗退するのは罪悪感であり、勝ちを占めるのが自分の意志である」と述べている。ペックによれば、こうした傾向は「悪性の自己愛」の持ち主に認められることが多いという(『平気でうそをつく人たち―虚偽と邪悪の心理学』)。
この女性が「悪性の自己愛」の持ち主かどうかはわからない。ただ、この女性だけでなく、実家で暮らす親族も同じ虚偽申告を保健所にしたということなので、「平気でうそをつく人たち」なのではないかと疑わずにはいられない。
もちろん、これは個人的な推測の域を出ない。ただ、ペックによれば、「平気でうそをつく人たち」は、一見「どんな町にも住んでいる、ごく普通の人」なので、この女性がその1人である可能性も否定できない。
また、自分自身の罪深さに目を向けようとせず、「罪悪感や自責の念に耐えることを絶対的に拒否する」のも、しばしば認められる特徴である。だから、自分の非を認めず、保健所に「1日の夜に県内で女性を見かけた」と情報提供した知人を「余計なことをして……」と責める可能性もあるのではないかと危惧せずにはいられない。
(文=片田珠美/精神科医)
参考文献
M・スコット・ペック『平気でうそをつく人たち―虚偽と邪悪の心理学』森英明訳 草思社 1996年