1992年から続く「水曜デモ」に旭日旗のプラカード
韓国の大規模なデモ集会の舞台として知られる、ソウル市中心部の「光化門広場」。以前その東側すぐの裏通りにあったのが、在韓日本大使館だ。日本大使館は建物の老朽化で2015年に近くの高層オフィスビルへ移転し、もとの場所は更地のままになっている。
その更地を通りの反対側から見つめているのが、「慰安婦像」こと「平和の少女像」。かつて日本大使館の真正面だったこの場所では、1992年から毎週水曜日に元慰安婦と支援団体などによる集会、通称「水曜デモ」が開かれてきた。1000回目の集会を記念して少女像が建てられたのは、11年12月のことだ。
ところが今年6月以降、この「水曜デモ」に異変が起きた。保守団体、そして「極右YouTuber」と呼ばれる一群が集会場所に割り込み、少女像の前から「水曜デモ」の集会を追いやってしまったのだ。彼らは日本の旭日旗をあしらったプラカードを掲げ、慰安婦支援団体に向かって「親日派」と罵倒。一帯を管轄するソウル市鍾路区はコロナ警報を受けて7月3日からデモを禁止したが、その後も双方は記者会見に名を借りた集会で互いに張り合った。
オフラインでも暴れ始めた「極右YouTuber」
「文在寅が北朝鮮に送金している」「文在寅が金塊を隠している」「文在寅が総選挙で事前投票の得票数を捏造した」「光州事件(軍による市民デモの鎮圧で多数の死者が出た1980年の事件)は北朝鮮特殊軍の陰謀」――。
これらは、韓国の「極右ユーチューバー」がYouTubeで盛んに発信してきたフェイクニュース、あるいは荒唐無稽な陰謀論の一例だ。彼らはまた自分たちを批判する論客を「中国共産党の奨学生」といったデマで攻撃したり、セウォル号沈没事故をはじめ注目度の高い犯罪や事故の被害者や遺族を誹謗中傷したりと、傍若無人な主張を繰り返してきた。そうかと思えば安倍晋三首相が素晴らしい指導者だと賞賛し、韓国メディアでひんしゅくを買うケースもある。
最近はオフラインでの問題行動も目立つ。5月31日にはソウル市近郊で、拡声器を積んだ車で住宅街を回りながら実況をしていた「極右ユーチューバー」が警察に制止された。YouTube上でフェイクニュースを指摘されたことに腹を立て、相手の自宅周辺まで押しかけたそうだ。
6月2日にも、保守系ユーチューバー同士の「内ゲバ」騒ぎが起きている。やはりYouTube上で批判されたことに腹を立てた「極右ユーチューバー」の一群が、相手側の携帯電話店に乱入して暴れる様子が実況された。また同月5日には、総選挙の得票数捏造疑惑をめぐって地方都市の選挙管理委員会事務所に押しかけた「極右ユーチューバー」ら22人が、警察に告発されている。
「極右ユーチューバー」には削除要請も多数寄せられており、チャンネルの凍結、広告による収益化の無効に至る例は少なくない。しかし彼らはすぐ別のアカウントで活動を再開、また一種の投げ銭機能にあたる「スーパーチャット」などを収益源に、配信を続けている。
YouTubeが開いた「保守右派の全盛時代」
この「極右ユーチューバー」とは何者なのか。韓国のソーシャルプラットフォームではもともと、「保守派」に対抗する「進歩派」が優勢な時代が続いてきた。だが10年代後半に入ってYouTubeがプラットフォームの中心を占めるようになってからは、「保守右派の全盛時代が開かれた」(19年9月29日付「京郷新聞」)という。
18年8月4日付同紙は、その背景を次のように解説している。保守派の朴槿恵弾劾・罷免(16~17年)から進歩派の文在寅政権発足(17年)を経て、それまで保守派優位だった世論の構図が進歩派優位に逆転した。そうしたなかで既存の保守政党やマスコミにも失望した保守支持層は、代替メディアとしてYouTubeに注目するようになったという。
保守派のYouTubeチャンネルは、視聴者の多くを中高年層が占める。こうした世代がスマートフォンやYouTubeを使いこなすようになったことも、保守派のユーチューバー人気を支える一因とされる。
一方で昨年からはまた、若い保守派のユーチューバーが台頭するようにもなった。彼らは若い男性層に受けがいい「アンチフェミニズム」をアピールするなどして、チャンネル登録の獲得にいそしんでいる。そしてこうした一連の流れから、特に過激な言動で視聴者を集める「極右ユーチューバー」がメディアをにぎわすようになったわけだ。
YouTuberまで取り込んだ保守野党が惨敗
16年に発覚した朴槿恵の国政介入事件は、大統領の弾劾・罷免を求める大規模な市民デモ「キャンドル集会」をもたらした。一方この進歩派の動きに対する強硬な保守派のカウンターとして広まったのが、韓国の国旗=太極旗を手にした中高年層が中心の「太極旗集会」だ。「極右ユーチューバー」もこれに同調し、街頭に繰り出すようになった。
こうした動きに注目したのが、朴槿恵政権の保守与党だったセヌリ党を前身とする自由韓国党だ。セヌリ党は国政介入事件で致命的なダメージを負い、自由韓国党に改名。だが下野した保守派の凋落に、歯止めはかからなかった。そこで19年2月に党代表となったファン・ギョアン氏は、「太極旗集会」の参加者層を取り込む戦略に打って出る。
今年4月15日の総選挙では、ほかの保守野党と合併して発足した未来統合党として臨んだ。だが結果は進歩派の与党・共に民主党が大躍進し、未来統合党は惨敗。これを境に、朴槿恵支持を叫んだ「太極旗集会」は街頭から姿を消した。
「カネが目あての腐った連中」
総選挙以後、未来統合党の間では「極右YouTuber」への批判が急浮上している。その急先鋒に立つのが、党の要職を歴任してきたキム・ムソン議員だ。
キム・ムソン議員は今年5月、「極右YouTuber」が総選挙惨敗の主因だと主張。「極右ユーチューバーが勢いづいて保守になる可能性がある人たちを批判し、みな排除してしまった」とした上、「あいつらは結局、カネが目あての腐った連中だ。再生数を増やしてカネ儲けするため、刺激的な言葉をぶちまける」と批判した。
「極右ユーチューバー」の目的がカネという話は、韓国メディアでたびたび報じられている。地上波キー局MBCの時事番組『ストレート』(20年6月7日)は、次のような「極右ユーチューバー」への匿名インタビューを紹介した。
「スーパーチャットで儲けるには支持者が聞きたい話をするしかない」「視聴者の感情を刺激するとカネがわいて来るので、非理性的な方向へ行くことになる」「正直にやっていたらカネ儲けにならない」。あるメジャーな保守派のYouTubeチャンネルは、「スーパーチャット」の月平均収入が7000万ウォン(約630万円)に上るそうだ。
互いに相手を「親日」と呼んで攻撃
慰安婦支援団体と保守団体及び「極右YouTuber」が対峙した「水曜デモ」の現場では、「日本」に関するワードが頻繁に飛び交っている。
保守団体及び「極右ユーチューバー」が「水曜デモ」に乗り込んだのは、慰安婦支援団体「正義記憶連帯(正義連)」前理事長で与党議員のユン・ミヒャン氏をめぐる不正会計疑惑が、今年5月上旬に噴出したのがきっかけだ。彼らは同月下旬から慰安婦支援団体に先んじて、少女像周辺での集会を警察に申告。これが認められ、6月24日から7月22日まで堂々と現場で集会を開けることになった。
保守団体側は「日本軍より悪いのはユン・ミヒャン」のメッセージに旭日旗をあしらったプラカードを掲げ、ユン議員を「親日派」と攻撃。一方で慰安婦支援団体側は「親日極右糾弾」のプラカードで対抗、また撮影する「極右YouTuber」に対して「土着倭寇(親日売国奴といった意味)は退け」と声を荒らげた市民が警察に制止されたりもした。両陣営が互いを「親日」と呼んで攻撃し合う様子はシュールだが、「極右YouTuber」の熱心な視聴者はさぞかし喜んでいるのだろうか。
(文=高月靖/ジャーナリスト)