新型コロナウイルス(以下、コロナ)のパンデミックを制圧するため、世界各地でワクチン接種が急ピッチで進んでいる。世界で接種されたコロナのワクチンは1月18日時点で4000万本を超えた。
なかでも注目を集めるのはイスラエルの動きである。人口の約3割にコロナのワクチンをすでに接種しているからだが、その効果もあってか1月中旬から新規感染者数が減少し始めている。ネタニヤフ首相は「3月末までに全人口にワクチンを接種し、イスラエルをコロナのパンデミックを克服した最初の国にする」と鼻息が荒い。
コロナのワクチンを世界で最初に承認した英国では「ワクチン接種によって安全に旅行ができる」との期待から、中高年層を中心に今年夏の旅行予約が殺到している(1月18日付時事通信)。バイデン新政権が誕生した米国でも「ワクチン接種の広がりなどによる集団免疫の形成で今年夏には状況が劇的に改善する可能性がある」との楽観的な見方が出ている(1月14日付CNN)。
しかし油断は禁物である。インフルエンザのワクチンと同様、コロナのワクチンも重症化は防止できるが、感染防止は不可能だからである。メッセンジャーRNAワクチンを開発したモデルナのCEOは13日、「コロナ感染症が完全になくなることはない」との見方を示している。世界保健機関(WHO)も15日、「ワクチンの感染抑制効果をめぐって重大な不明点が残る」ことなどを理由に「ワクチン接種を海外渡航の条件にしない」よう勧告した。
世界で「産み控え」
コロナの発生から1年がたったが、コロナ以前の日常にはいつになったら戻れるのだろうか。米エモリー大学などの研究チームは「新型コロナウイルス感染症が通常の風邪を引き起こす既存のコロナウイルスのようになるまでには10年程度かかる」との試算を米科学誌「サイエンス」(2021年2月号)に発表した。「10年後には3~5歳でほとんどの人が感染し、高齢になって感染しても重症化を防ぐ免疫を得られるため、死亡率は低下し、季節性インフルエンザを下回る可能性があるが、それまでの間は社会的な距離を保つこととワクチンは重要な対策である」としている。
コロナとの戦いが長期化することが予想されるなかで、筆者は「世界各国の人口動態に大きな悪影響を及ぼすのではないか」と懸念している。コロナのパンデミックの影響で、米国の人口増加率(一昨年7月から昨年7月まで)が0.35%にとどまり、少なくとも過去120年の間で最低となった。同期間にコロナによる死者数が15万人に上ったことや感染拡大による経済面の不安などから、出生率が下がったことが要因であるとされている。
世界で最も多くの死者が出ている米国でコロナがもたらした影響は長期化するとの予測もある。米デューク大学等による研究チームは6日、「コロナのパンデミックによる経済的影響が長引き、米国では10年以上にわたり死亡率が高止まりする可能性がある」との調査結果をまとめている。
コロナの封じ込めに成功した国々も無傷ではいられない。世界で最も感染対策が成功したと賞賛される国のひとつである台湾の人口は、昨年初めて減少に転じた。日本と同様に人口動態の危機に直面している台湾だが、昨年の出生数は前年比7%減の16万5000人にまで落ち込んだ。台湾でも晩婚・非婚化が進んでいたが、コロナのパンデミックの影響で「産み控え」が進んだといわれている。
「K防疫」を誇る韓国の人口も昨年初めて減少に転じた。その要因は台湾と同様である。主要国で唯一昨年の経済成長率がプラスだった中国の昨年の人口統計は明らかになっていないが、出生数が減少した可能性が高い。中国の国民の多くは、米国が悪戦苦闘しているなかで「国を挙げてコロナ禍に対応できた」という自負を持っているが、経済の回復を確固たるものにするために不可欠な個人消費が依然として弱い。
自殺や暴力犯罪に関するメディア報道が増加傾向にあり(1月19日付ロイター)、過去に経験したことがない精神的・経済的なストレスに見舞われたツケの表れである。台湾や韓国と同様に「産み控え」が起きていることだろう。長年続けてきた「一人っ子政策」の反動から、「中国ではすでに人口減少が生じている」との分析もある。国内外を問わず強権的なふるまいをみせる中国政府の胸の内に「高齢化と人口減が中国社会の土台を揺るがす」との恐れがあるとの指摘もある(1月20日付「AERA」)。
人口動態への対応が急務
人口減少が10年以上続いている日本も例外ではない。約8万人の解雇・雇い止めや女性の自殺者数が8割増となるなどコロナ禍による激震が続き、生活不安と生きづらさが子育て不安に直結していることから、日本でも「少子化の傾向が10年前倒しになった」との声が上がっている。2019年の日本の出生数が前年比6%減の86万人となったことが話題となった。昨年の出生数はコロナ禍の影響もあって82万から84万人に減少するとの予測があるが、今年の出生数は80万人割れするのが確実な情勢となっている。昨年の妊娠届けの数が平年よりも大幅に減少しているからである。
一方で、高齢者がコロナ禍で外出を控えた影響などで昨年の死者数は減少したと見込まれている。「少子高齢化」の傾向が大きく進行したことで、その影響は社会保障制度にとどまらず、日本社会のあり方全般の見直しにまで発展する可能性がある。
このように、コロナ禍がもたらす人口動態への対応こそが、長期的な視点から見た国家運営の最重要課題なのではないだろうか。
(文=藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー)