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政府、コロナ感染に関する罰則を検討、個人・事業者に…懲役や100万円以下の罰金も

文=明石昇二郎/ルポライター
政府、コロナ感染に関する罰則を検討、個人・事業者に…懲役や100万円以下の罰金もの画像1
「Getty images」より

21世紀に蘇る感染症への「罰則」という悪夢

 東京都議会で昨年11月、PCR検査を拒んだ者に5万円以下の過料、つまり制裁を科すという条例案が検討されたことがあった。ちなみに「過料」とは、刑事罰である「罰金」(こちらは「科料」という)ではなく、行政上の義務違反に対する制裁金(行政罰)である。

 この条例案では当初、新型コロナウイルスへの感染を知りながら外出自粛要請を無視し、感染を広めた者や、休業要請に従わず客から感染者を出した店舗などの事業者に対しても、罰則を適用する方針だったとされる。発案したのは、都議会最大会派で小池百合子・都知事与党の「都民ファーストの会」である。だが、他党からはまともに相手にされず、同議案は都議会に提出されることのないまま12月上旬、立ち消えになった。提案しても否決されるのが確実な情勢だったからだ。

 同じ頃、福岡県でも同様の罰則を定める条例案が検討されていた。県が行なう感染経路などの聞き取り調査に対し、感染者が応じるよう義務づけるものだ。調査を拒否したり嘘をついたりしたら5万円以下の過料を科すとした。だが、患者のプライバシー侵害や、患者がPCR検査を受けなくなる恐れなどを懸念する声が上がり、こちらの条例案も見送られていた。

 その背景にあるのは、感染症であるハンセン病の患者に対する強制隔離&収容や人権侵害が国によって行なわれ、患者やその家族に対する国を挙げての差別が公然とまかり通っていたことへの反省の念であり、罰則の導入が新型コロナウイルスの蔓延を防ぐ上でかえって逆効果になりかねないという危惧であった。つまり、新型コロナウイルス感染症への「罰則」導入は禁じ手である――との風潮が支配的だったのだ。昨年の12月までは。

 それがここにきて、風向きが大きく変わり始めている。またしても国が率先して、感染症に関する「罰則」を導入するのだという。

違反者を“晒しもの”にする制裁

 諸外国を見てみると、NHKによれば韓国では昨年12月より、会食での人数制限(5人まで)などに違反した飲食店に対し、最大300万ウォン(約28万円)、客は最大10万ウォン(約9000円)の過料が科されており、1月上旬は1日当たりの新規感染者数が1000人を超えていたのが、同月中旬になってからは1日当たり500人前後に半減したのだという。

 一方、早くからロックダウン等の罰金付きの強力な罰則を導入している欧米各国では、目覚ましい効果が上がっているとの報告はなく、今の頼みはワクチンの集団接種による抑え込みしか見当たらないのが現状だ。

 果たして日本で罰則を導入した場合、どちらの道を歩むことになるのか。現在、政府で検討されている罰則は、次に挙げる4種類からなるものだ。

【罰則その1】

 新型コロナウイルス対策の特別措置法を改正し、緊急事態宣言が出ている都道府県の知事が出す休業命令や、営業時間短縮(時短)命令に応じなかった事業者に対し、50万円以下の過料を科すとともに、店舗名を晒す。また、特措法改正で新設される予定の、緊急事態宣言発令前の「蔓延防止等重点措置」期間に、知事の命令に従わなかった事業者に対しても、30万円以下の過料を科す。立ち入り検査を拒否した場合も、20万円以下の過料を科す。

 ただし、韓国のように客が罰せられることはなく、会食での人数制限もない。たとえ、店が罰せられる理由となった日時に会食していた客であっても、罰せられることはなさそうだ。

 ところで、政治家が多用する標語に「ウィズコロナ」(ウイルスとの共生)なるものがある。しかし、休業命令や時短営業命令は「ウィズコロナ」ではない。飲食店ではもはや感染症対策の取りようがないという事実上の“ウィズコロナ敗北宣言”であり、一足飛びに「アフターコロナ」を目指すという一大方針転換をしようとしているわけだ。となると、もう「ウイルスとの共生」はやめるつもりなのだろう。

【罰則その2】

 感染症法を改正し、入院を拒否した新型コロナウイルス感染者に対し、1年以下の懲役または100万円以下の罰金という刑事罰を科す。こちらは「過料」ではなく、刑罰だ。また、新型コロナウイルス感染者の医療費は公費負担が原則だが、保健所の聞き取り調査に応じない患者の医療費を自己負担にする。ただし現在のところ、「自己負担」の額が3割(健康保険適用)になるのか、それとも10割(全額負担)になるのかは明らかにされていない。

 神奈川県警藤沢署の署員9人が1月4日、飲酒を伴う会食を行ない、うち4人が新型コロナウイルスに感染するクラスター(感染者集団)が発生していたことが最近報じられたが、署員らは当初、会食した事実を明かさず、体調不良のまま勤務を続けていた署員までいたのだという。法改正後は、こうした者たちが医療費を自己負担させられるのだろうか。

【罰則その3】

 検疫法を改正し、帰国者や来日した者が、検疫所の要請する自宅待機などに応じない場合は、施設に「停留」させることができるとした上で、その措置にも従わない場合、1年以下の懲役または100万円以下の罰金という刑事罰を科す。

【罰則その4】

 最後に登場してきたのが、この罰則。感染症法を改正し、厚生労働大臣や都道府県知事が医療機関に対して協力を勧告できることにして、勧告に応じない医療機関は名前を晒される。

 【罰則その1】といい【罰則その4】といい、お上に従わない奴らは名前を晒してしまえ――という発想に、この法案を思いついた人間の底意地の悪さと性格の悪さが滲み出ている。戦前の「特高警察」や、昨今の「自粛警察」の思考パターンそのものであり、感染者やその家族に対する差別に対し、露骨なまでの“お墨付き”を与えるものだ。刑事罰だけでは満足せず、“社会的制裁”まで味わわせたいのだろう。いったい誰が言い出した「罰則」案なのか。

感染者を「逮捕」した先にも問題が…

 これまでは“遠い異国の話”だった感染爆発が、ついに目前にまで迫りつつある中、禁じ手だった罰則を導入してでも抑え込みたいと焦る気持ちは、わからないでもない。しかし、現在取り沙汰されている罰則案には相当無理がある。

 【罰則その2】は、入院を拒否した新型コロナウイルス感染者を懲役刑などに処するというのだが、その“犯人”を誰がどのようにして逮捕するのか。少なくとも、連行を担当する警察官には感染するリスクがあるので、タイベックスやN95マスクなどの防護服を身にまとい、感染対策を万全にした装備で臨む必要がある。留置する際も、留置されている他の容疑者が感染しないよう減圧室を用意しておく必要がありそうだ。逮捕後に容体が悪化する場合に備え、高度な医療が提供できる病院との連携も考えておかなければならない。

 そもそも、現在の感染者はいったい何人いると思っているのか。そして、感染者である“犯人”のすべてに対処することが実際に可能なのか。逮捕してみたものの病室や留置場が足りないので「自宅療養してください」ということにでもなれば、あまりにも間が抜けている。現在は入院したくても病室が足りずに入院できないケースが続出しており、医療現場では、治療の優先順位を決める「トリアージ」も始まっている。そんな中、入院を拒否する人は、かえって医療現場からは歓迎されそうだ。

 保健所の聞き取り調査に応じない患者の医療費を自己負担にする件にしても、現実を踏まえていない。クラスター対策としてこれまで行なわれてきた積極的疫学調査だが、その調査態勢がここにきて事実上、崩壊してしまった。新規感染者が多すぎるためである。

 緊急事態宣言の出ている東京都や神奈川県では、患者への聞き取り調査体制を縮小する話がすでに出ている。これまでどおり、新規感染者のすべてを調査していると、保健所の機能が丸ごと破綻しかねないためだ。保健所では聞き取り調査のほか、自宅療養をしている患者たちの日々の健康管理も担っており、自宅療養していた患者が死亡するケースも続出。やむを得ず神奈川県では、病院や高齢者施設といった重症になる恐れの高いケースでの聞き取り調査を優先し、若い感染者のケースでは、同居する家族以外の濃厚接触者の割り出しを行なわないとして、調査体制を大幅に縮小することとした。

 つまり、保健所がもう調査できないと言っているのに、調査に応じない患者を罰するというのである。導入するにしても感染拡大の前にやるべき施策だったのであり、今さら手遅れと言うほかなく、導入したところで何の抑止効果も期待できない。

        ※

 今、求められているのは、実効性のある対策だ。しかし、残念なことに現在検討されている「罰則」案はどれも、感染拡大や感染爆発を封じ込める役にはとても立ちそうもないものばかりだ。意図的に他人を感染させる行為は、間違いなく罪である。しかし、それは傷害罪や威力業務妨害罪などの現行法で十分取り締まることができる。別に新法は必要ない。現に送検されたケースもある。それ以外の罰則など、果たして必要あるのだろうか。

 東京オリンピックまで、あと半年。このままでは、オリンピックを楽しみに来日する世界各国の観光客の皆さんを、思慮に欠ける意味不明の「罰則」の数々が待ち受けることになりそうだ。誰からも歓迎されないばかりか、日本の評判を落とす効果しか期待できそうにない。

(文=明石昇二郎/ルポライター)

明石昇二郎/ルポライター、ルポルタージュ研究所代表

明石昇二郎/ルポライター、ルポルタージュ研究所代表

1985年東洋大学社会学部応用社会学科マスコミ学専攻卒業。


1987年『朝日ジャーナル』に青森県六ヶ所村の「核燃料サイクル基地」計画を巡るルポを発表し、ルポライターとしてデビュー。その後、『技術と人間』『フライデー』『週刊プレイボーイ』『週刊現代』『サンデー毎日』『週刊金曜日』『週刊朝日』『世界』などで執筆活動。


ルポの対象とするテーマは、原子力発電、食品公害、著作権など多岐にわたる。築地市場や津軽海峡のマグロにも詳しい。


フリーのテレビディレクターとしても活動し、1994年日本テレビ・ニュースプラス1特集「ニッポン紛争地図」で民放連盟賞受賞。


ルポタージュ研究所

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