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藤和彦「日本と世界の先を読む」

米国、コロナ死亡者50万人突破…平均治療費370万円、経済的弱者切り捨ての医療制度

文=藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー
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「Getty images」より

 2月22日、米国の新型コロナウイルスによる死者数が50万人を突破した。50万人という死者数は、第1次、第2次世界大戦とベトナム戦争の死者数を合わせた数より多い。20世紀最悪の感染症と呼ばれるスペイン風邪により米国では67万5000人の死者が出たが、医療水準の違いなどから死者数の多寡を単純に比較するのは難しい。バイデン大統領は、過去100年間のパンデミックで最悪の犠牲者を出したことについて「悲痛な節目である。パンデミックに対し一致団結して闘おう」と国民に呼びかけた。

 これに先立ち米国では「数十年間にわたって続いてきた保健衛生対策の不備がトランプ前大統領の在任4年間でさらに悪化し、新型コロナウイルスの蔓延への悲惨な対応につながった」とする報告書が公表されていた。2月11日発行の医学誌「ランセット」に掲載されたこの報告書は「米国の新型コロナウイルスの死亡率が他のG7諸国と同程度だったと想定した場合、昨年の死者数は40%少なかっただろう」と結論づけている。

 その背景について報告書は「トランプ政権時代に科学の政治問題化が起こり、健康保険がなおざりにされた」とするとともに、「公衆衛生対策を軽視した政策の多くは1980年代のレーガン政権時代にさかのぼる」と述べている。ここ数十年にわたり米国では新自由主義(ネオリベラリズム)に基づく政策が主流となっていたが、医療制度の不備は建国以来の問題であるとの指摘がある。

医療保険改革にとっての最大の障害

国民皆保険導入を拒んだのはアメリカニズムだった」(2月9日付ニューズウィ-ク)。このように主張するのは、山岸敬和・南山大学国際教養学部教授である。米国は欧州諸国や日本と異なり、「信条」によって形成され発展した国であるといわれている。「どのように生きて、どのように死ぬか」という選択は自分自身が行うという信条が定着している米国では、連邦政府が国民皆保険を導入することはこの伝統的価値に抵触する恐れがあることから、常に激しい論争を巻き起こしてきた。

 19世紀半ばまでに産業革命が起きた米国で労働問題が深刻化すると、労働者保護の一環として公的医療保険の導入が唱えられるようになったが、第1次世界大戦勃発により風向きが変わってしまった。最初の公的医療保険を成立させたのが、敵国であるドイツだったからである。

 その後、第2次世界大戦後の好景気を享受した米国では、医療保険はアメリカンドリームの一つとして獲得するものと位置づけられるようになった。「努力をして、好条件の医療保険を提供してくれる企業に就職する。努力をしない者に同様の条件が政府によって保障されるのは我慢できない」という米国の伝統的な考え方が現在まで続き、医療保険改革にとっての最大の障害であるとの状況は変わっていない。

 医療費が高い米国では、新型コロナウイルス感染症の治療のために一人当たり平均約370万円の費用がかかるといわれている。その結果、2800万人以上の無保険者はもちろん、いわゆる低保険(保険料は安いが窓口負担が高い保険)に加入している者は検査や治療を控える。この医療格差のラインが、テレワークができるかどうかの境界と重なっており、経済的弱者の感染リスクが増すとの結果を招いている。この格差が人種間で顕著なのはいうまでもない。

 米国では新型コロナウイルスのパンデミックによる経済的影響が長引き、10年以上にわたり死亡率が高止まりするリスクも生じている。

 デュ-ク大学等が1月上旬に発表した論文によれば、米国の死亡率は今後15年間3%上昇し、平均余命は0.5%縮まるとしているが、米疾病対策センター(CDCは2月18日、「昨年上半期の米国の平均余命が1歳縮んだ」ことを明らかにした。平均余命は77.8歳となり、2006年以来の低水準となった。前年に比べて1歳以上短くなったのは、第2次世界大戦の影響で死者が増えた1943年以来である。ダメージはマイノリテイーにより強く出ている。

 就任の際の演説で「結束」という言葉を連呼したバイデン大統領は、これまでのところ医療保険制度の改革について具体的なアクションを起こす気配を示していない。大きな政府を求める姿勢を「社会主義的だ」と攻撃するトランプ支持者の存在が、バイデン大統領の行動を制約しているのかもしれないが、医療保険の不備を放置し続ければ、米国の分断がさらに進み、国力の長期的な低下はまぬがれないだろう。

対中強硬策

 奥の手はあるのだろうか。

「米国を団結させられるのは中国だけだ」

 2月17日付英フィナンシャル・タイムズ紙は、歴史的事実を踏まえ、「民族的な基盤を持たない米国が、自分が何者かを明確にするために外部の存在を必要とする」と論評する。確かに南北戦争が起こったのは、当時の米国にとっての脅威だったメキシコを制圧した後だったし、足元の党派間の対立が激化したのは冷戦終結以降のことである。

 米国を団結させてくれる外敵として同紙が掲げる条件は、(1)規模が大きいことと(2)異なる統治モデルを有していることである。冷戦崩壊後の外敵の候補としてアルカイダと日本が登場したことがあったが、アルカイダは(1)の条件を、日本は(2)の条件を満たしていなかった。これに対し「強い中国」は2つの条件を兼ね備えており、「分断されている米国にとって、今後数十年間にわたり自らの団結を促す存在になる」というわけである。

  米国の分断を回避するために、対中強硬策は不可欠なのではないだろうか。

(文=藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー)

藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー

藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー

1984年 通商産業省入省
1991年 ドイツ留学(JETRO研修生)
1996年 警察庁へ出向(岩手県警警務部長)
1998年 石油公団へ出向(備蓄計画課長、総務課長)
2003年 内閣官房へ出向(内閣情報調査室内閣参事官、内閣情報分析官)
2011年 公益財団法人世界平和研究所へ出向(主任研究員)
2016年 経済産業研究所上席研究員
2021年 現職
独立行政法人 経済産業研究所

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