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「DV後遺症」PTSD、うつ病…加害者と離れた後から始まるの壮絶な苦しみ

文=林美保子/ノンフィクションライター
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「DV後遺症」PTSD、うつ病…加害者と離れた後から始まるの壮絶な苦しみの画像1
「gettyimages」より

 DVは被害者が加害者のもとから離れることができれば、緊張と恐怖を強いられた生活から解放されて一件落着――。第三者的立場から見て、そのように思っている人は多いのではないだろうか。

 面前DV被害者(夫婦間暴力を目撃しながら育った子どものこと)である筆者が、離婚した母と2人暮らしを始めたときも、「これからは、母娘で心穏やかな生活ができる」と信じて疑わなかった。しかし、現実は全然違った。そのときのいきさつや、他のDV被害者、面前DV被害者にも取材した“DVその後”の体験談を、『DV後遺症に苦しむ母と子どもたち』(さくら舎)にまとめた。

トラウマの影響で、心身の不調が続く

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『DV後遺症に苦しむ母と子どもたち』(さくら舎)

 子ども時代、私の目に映っていた母は、夫のDVにひたすら耐えながら健気に生きるシンデレラそのものだった。ところが、離婚後の母はまるで別人のように、陰気で被害妄想が強い人に変わっていった。20年間、夫の暴力に耐え、ひたすら自分を押し殺してきた生活による歪みは、以後じわじわと滲み出るように現れていく。

 離婚して何年も経っているのに、母は元夫に追いかけられる悪夢に苦しんだ。頭痛、耳鳴り、手の痺れなどの体の不調に悩まされた。また、体に異常がないにもかかわらず、「お腹が痛い」と訴えて、救急車を呼びたがった。当時の私には理解できなかったが、これは身体化障害といって、トラウマ(心的外傷)が関わっている疾患のひとつのようだ。その後は、うつ病、人格障害の診断も受けた。

 一般的には、どんなにつらい経験でも、時の流れが味方になることが多い。私は当初、母の心が一向に癒されないことを不思議に思っていた。しかし、長い月日を経て、やっと気づいた。これは、DVの後遺症に違いないと。他のDV被害者にも話を聞くと、トラウマによってフラッシュバック、男性恐怖症、記憶障害、自尊心の低下などさまざまな症状に苦しみ、生きづらさを抱えていた。また、PTSD(心的外傷後ストレス障害)によって体のバランスが崩れると、免疫疾患や婦人科系疾患など体の健康にも大きな影響を及ぼすともいわれている。

 さらには、着の身着のまま家を出たり、夫との連絡を絶つ手段として勤務していた職場を辞めたり、心身の不調によって仕事を続けられなくなったりする人もいる。そのため、一時的に生活保護を受けるなど物理的にも厳しい環境に身を置かざるを得ないケースも少なくない。

 面前DV被害のケースでは、コミュニケーションに問題を抱えたり、不登校になったりする子どもが多かった。DVを目撃して育った子どもの脳は、正常な人に比べ、平均すると約6%萎縮するという研究結果も出ている。

「日常会話の中で、トラウマという言葉は“苦い思い出”といったくらいの意味で使われることもありますが、徐々に記憶が薄らいでいくような思い出とトラウマは異なるものです」と、トラウマ治療に詳しい精神科医・白川美也子医師は語る。

被害を受けている間は、トラウマの症状が出にくい

 多くのDV被害者はなぜ、加害者のもとから離れてから、さまざまな生きづらさを抱えるようになるのだろうか。

「被害を受けている間は、トラウマの症状が出にくい。なぜならば、加害者とともに生活するなかで症状があると一緒に暮らせないから抑圧されるのです。『愛されているからだ』『平気だ』などという思い込みの鎧をつくってしまうこともあります。そのために離婚して被害がなくなった後にむしろ調子の悪くなる母子は多く、『自分と一緒にいるときにはいい子だった』とか『おまえのせいで悪くなった』と、父親は主張しがちです」(白川医師)

 筆者はノンフィクションライターとして一人で仕事を受けているため、締切が重なると修羅場になるときがある。そんなときには無理をしても乗り切れるが、ケリがついた途端に持病である喘息の症状が出たり、風邪などの病気になったりしてダウンすることがある。おそらく仕事に集中しているときには気持ちで体がついてくるのだろうが、緊張が解かれた途端、負担を強いられていた体が悲鳴を上げるのだろう。DVの後遺症はそのようなメカニズムに似ているような気がする。

 DV被害者は常に、「次には何が起きるのだろう」という緊張感のなかで生活をしているため、“過覚醒”状態になることが多い。加害者から逃れ、ほっと安堵したことで、今まで抑圧されてきたものが顕在化するようだ。

 DV後遺症がそんなにつらいのであれば、DV家庭に居続けるほうがよほどマシなのでは、という疑問が湧く人もいるかもしれないが、そんなことはない。離婚後、娘が不登校になったという被害者がいた。夫と暮らしていたときには、娘はちゃんと学校に通っていた。「こんなことなら、家に戻ったほうがいいのではないか」と思ったりもした。しかし、娘は「いや、あの男はやめたほうがいい」と答えたそうだ。

 また、母親が離婚せずに26年間も暴力夫と暮らしているという娘からも話を聞いた。その母は頭痛・不眠・過呼吸・めまい・手の震えなどに悩まされ、心療内科では不安症・長期にわたる適応障害・自律神経失調症・軽度のうつという診断を受けた。人間不信に陥り、暴力夫の愚痴を娘に垂れ流す日々を送っているという。DVは、長期になればなるほどダメージも大きいのだ。

 被害者が他人であるならば、暴行罪や傷害罪、脅迫罪などに問われても不思議ではない案件でも、家族という括りでは刑法を適用されるまでにはなかなか至らない。DV防止法も、保護命令に違反した罰則にとどまっている。そのような過酷な環境にいたからこそ、被害者はさまざまな不具合を起こしていく。

 私の母がDVを受けていた時代には、DVという概念も支援機関もなかった。一方、取材をした30代~40代の被害者たちは支援機関や専門家の力を借りて、試行錯誤しながらも前に進もうとしていた。当事者は加害者によるコントロールによって何が何だかわからない状態に陥るため、自分の力で乗り越えるには限界がある。被害者にはなるべく何らかの支援を受けることを勧めたい。そして、より多くの人に、DVのメカニズムを理解してもらいたいと思っている。

(文=林美保子/ノンフィクションライター)

林美保子/ノンフィクションライター

林美保子/ノンフィクションライター

1955年北海道出身、青山学院大学法学部卒。会社員、編集プロダクション勤務等を経て、執筆活動を開始。主に高齢者・貧困・DVなど社会問題をテーマに取り組む。著書に『ルポ 難民化する老人たち』(イースト・プレス)、『ルポ 不機嫌な老人たち』(同)、『DV後遺症に苦しむ母と子どもたち』(さくら舎)。

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