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自衛隊生徒、なぜ陸は存続し海・空は廃止?“最強の自衛官”排出した特異な制度

文=秋山謙一郎/経済ジャーナリスト
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卒業生を見送る学校長ら。沖合に停泊の護衛艦は当初、「海上自衛隊生徒出身の艦長」を予定されていたが、東日本大震災でその予定は潰えた。

 結束を求められる巨大組織にあって、ときに派閥は有益に作用する。だが用済みとなった際には淘汰されてしまう――。

 例年、3月末になると必ず話題となるのが、防衛大学校の卒業式だ。とりわけ卒業生中、何人が自衛官への任官を辞退した(拒んだ)かが話題となる。

 2022年の防大卒業生は479人、うち任官辞退者は72人に上った。これは過去最多の任官辞退者を出した1990年の94人に次ぐ、はからずも防大史上2番目の数である。バブル期終焉の1990年と、コロナ禍の混乱で先行きが見えない今、両者の間にこれといった共通項は見られない。あるのは、ただ任官辞退者の数が多いという事実だけだ。

「俺に言わせれば、防大は自衛隊の坊ちゃん学校ですよ。任官拒否して娑婆(一般社会)に出ても、大卒のサラリーマンとして、(自衛隊に)残っている連中と結局なんだかんだといってつるむ。なんだかんだ言っても自衛隊は任官拒否者を含めて防大優位の社会ですから」

 こう話すのは、現役の海上自衛官、X曹長(仮名)だ。X曹長は中学校卒業後、広島県江田島市にある海上自衛隊第1術科学校生徒部に海上自衛隊生徒(2011年に廃止)として入校後、4年間の養成課程を経て3曹任官。以来、今日まで艦艇を中心に海自の各部隊を渡り歩いてきた。生粋の艦乗りである。

 高卒入隊者が部隊2年目、旧軍でいうところの1等水兵や2等水兵の階級にあるなか、X曹長は19歳の若さで下士官として、いきなり部隊配属されたエリートだ。

 だが、この生徒出身者は、防大や一般大出身の一般幹部候補生出身者(自衛隊のキャリア組)採用者に比べて制度上、階級面では後塵を拝することになる。

 自衛隊という組織全体でみれば「叩き上げ」、下士官・兵(曹士自衛官)という専門職の世界に限ってみれば「エリート」、相反する両面を持つ制度。それがかつて存在した「自衛隊生徒」制度だ。

 陸海空を問わず自衛隊界隈に詳しい者の間では、「生徒出身」といえば「15歳から階級を持つ最強の自衛官」「頭脳明晰」「技術部門のエキスパート」として、今なお音に聞こえた制度である。なかには、「自衛隊各部隊を実質的に支える裏の指揮官」イコール「生徒出身」と言う者も隊内ではいるくらいだ。

 事実、今も海空の各部隊の下士官トップには、生徒出身者が数多くいる。たとえば、現在の海自下士官トップである海上幕僚監部先任伍長の東和仁曹長、潜水艦隊先任伍長の松井克之曹長らがそうだ。彼らは「生徒出身=エリート下士官」として組織内で認知されている。

かつて存在した海上自衛隊の高校的存在“海上自衛隊生徒”とは?

 生徒出身者は、自衛隊の主流コースである防大とは違った意味でのグループ、すなわち学閥として自衛隊内で存在感を発揮している。

 そんな自衛隊生徒制度だが、今では陸自のみがその伝統を、形を変えて受け継ぎ、海自と空自は廃止の憂き目に遭った。2011年の東日本大震災の年のことだ。

 海空に限っては、自衛隊生徒制度53年の歴史に幕を下ろしたことは、いわば時代の必然といえよう。かつて海自生徒は1学年60名、空自生徒は1学年50名という少数精鋭を誇った。その彼らは高校普通科程度の教養を身につけつつ、卒業時には下士官として部隊へと巣立っていく。

 この彼らを育むのは、英語、数学、物理などの各科目、普通高校の教員免許状を持つ防衛教官と制服組の自衛官の教官たちである。生徒の数に比して教官の数が多い。

 また生徒たちの採用は、あくまでも自衛官として、である。階級も持っている。ゆえに自衛官としての給与も支払われていた。その額は、防衛省職員の身分である防大生よりも高く設定されていた(現在、「生徒制度」を継承している陸上自衛隊高等工科学校では、防大生よりも1万円程度下回る給与設定となっている)。

 自衛官としての身分保障、加えて衣食住完備、そして高校卒業資格の取得……。今、振り返ると、とても贅沢な教育制度だったといえよう。

 国を成す重要な国防といえども、やはり先立つものはカネである。時の政権は、「聖域なき行政改革」に例外なしとして、半世紀にわたって人材を輩出してきた海と空の自衛隊生徒制度の廃止に踏み切った。世界的な少年兵廃止の流れもあった。

 ある海上自衛隊生徒OBは言う。

「陸だけが残ったのは、自衛官としての階級章を外し、防大と同じく学生身分にしたから。海と空(の生徒)は、こうした場、政局での立ち回りに不慣れだからだ。結局、なすがままに廃止に追い込まれた」

陸は制度存続、海・空は廃止、その分かれ目は?

 形を変えながらも陸自だけが生徒制度の存続が認められたのは、陸自生徒は1学年250名ほどと所帯が大きいことが影響している。OBのなかには防大進学した者、部隊勤務の傍ら夜間や通信制の大学で学び大卒資格を取得、キャリア組へと転換、その後栄達を極めた者も少なくない。数が多いので民間の大学に進学、その後、就職した者のなかには、政治やマスコミに携わっている者もいる。そうした「外のOB」のバックアップもあり、陸だけが制度存続したという。

「旧軍の予科練に倣って職人教育に徹した海、数が少なく外との政治的動きに疎い空に比べ、陸自は生徒制度を旧軍の幼年学校的な位置づけで遇していた。陸は『外のOB』も活躍しているが、海と空の生徒OBは内輪の狭い世界だけで生きている。これではダメだ」

 冒頭部で紹介した海自生徒OBのX曹長はこう語り、憤懣やるかたないといった面持ちで悔し涙を流した。

 もっとも、自衛隊生徒廃止の話は、複数の自衛隊関係者らの声を総合すると、バブル真っ盛りの1980年代からずっとくすぶり続けていたという。その理由はひとえに「高額な養成費用」「経費削減」にある。ただ、自衛隊内で存在感を増すグループである「生徒出身者たちの精神的支柱」である母校、制度そのものの廃止――結束強いOBたちから恨まれる仕事、そんな大鉈を振るえる高級幹部がいなかった。ゆえに、その後も変わらず存続していたというのが、偽らざるところのようだ。

 実際、海と空の生徒制度廃止は突然、政権という名の天からの「鶴のひと声」で決まった節がある。というのも、生徒制度廃止の直前、海の生徒に限ってだが、その制度に大幅な変更、改革を行っているからだ。廃止が決まっている制度にわざわざ変更・改革を行うことは、官公庁の常識では考えられない。当時進められていた行政改革を成し遂げたい時の政権の意向がいかに強かったか、この一事からも窺えよう。

 それまで海の生徒は、通信と水測(ソナー)の2職種しか要員を養成してこなかった。これは裏返せば海自にとって若年のうちからの養成を必要とする通信、ソナー要員の確保のために中卒者を採用、4年間の教育を施すという制度が「海自生徒」だったといえる。

 しかし時代の流れにより、通信はモールス信号送受信の腕を競い、ソナーは耳の良さで勝負するものではなくなっていた。そのためこの改革では、若くて優秀な素地を持つ生徒出身者だからこそ、それまでの通信、ソナーに加え、射撃や射撃管制をはじめとするアメリカ軍との協力に欠かせない職種全般を解放し、活躍の場を広げることに重きが置かれた。ところがこの改革は、その後の生徒制度廃止により見るべき成果をあげず道半ばに終わった。

制度改革に乗り出すも、時すでに遅し

 さて、この道半ばに終わった改革の舞台裏、これを覗けば覗くほど旧海軍の伝統を受け継いだ海自の組織風土、そして当の海自が時に少年自衛官と呼ばれる「海上自衛隊生徒(少年術科学校、第1術科学校)」という制度をどのように見ていたかが、透けて見えてくる。X曹長は言う。

「生徒制度も、さすがに時代の流れとともに制度疲労を起こしていた。そこで制度改革を行おうとしたが、時すでに遅かった」

 この「生徒制度改革」の改革案の叩き台を実質的につくったのが、内部関係者の話を総合すると、後に海上幕僚監部先任伍長へと栄達した当時の呉地方総監部先任伍長だったH曹長だといわれている。

 これは海上自衛隊生徒の教育を担当していた第1術科学校が呉地方隊の管轄下にあったことが大きいだろう。呉地方総監部の幕僚長か人事部長が、本社にあたる海上幕僚監部の人事関係の部署から改革案の作成を依頼したのがその発端だという。

 この改革内容は、関係者らの話によると、概ね以下に集約される。

(1)それまでの通信、水測のみの2職種から海上自衛隊全職域への進路を開放。

(2)自衛隊の高校的存在として教養を磨く。そのため専門技術教育を排し、工業高校ないし工業高等専門学校に準じたカリキュラムとする。「コンピュータ」「語学」「数学」といった生徒課程のみの専修・専攻を設け、海上自衛隊全職域で通用する進路を切り開く。

(3)自衛官としての専門技術(職種)やリーダー・フォロワーシップは生徒課程卒業してすぐ、3曹任官と同時に海自で「術科学校」と呼ばれる職種学校に入校。そこで海士(兵)の課程に入り、若くして3曹という階級を持つことから必然的に先任者となるので、学生長を経験させる。この専門教育後、艦艇や航空部隊へ配属させる。

 今日の陸上自衛隊高等工科学校のカリキュラムに近い内容である。今では目新しくはないが、少なくとも2010年以前、今から10年ないし15年前の話である。当時は斬新な内容として受け止められた。

コスト面で割高な自衛隊高校的存在

「採用人数約60人の生徒に、そこまで手厚い教育を施してもコスト面でどうなのかな?」

 ある元高級幹部は、当時をこう振り返る。自衛隊の高校的存在である「海上自衛隊生徒」は意外にも離職率が高く、組織としては「割の悪い人材採用制度」という受け止め方が上層部を支配していた。そこに、より高い次元の教育を施したところで、海上自衛隊という組織としてどういったメリットがあるのかは未知数であるというわけだ。

 こうした上層部の声とは別に、意外にも当の生徒出身の下士官たちからも、この改革案には反対の声が多かったという。そのうちのひとりである現役下士官は言う。

「通信と水測。これ以外の職種で“後輩”といわれてもピンと来ない。同じ教育、訓練を受けてこその伝統であり同窓だ」

 この伝統に裏打ちされた結束、これこそが海上自衛隊内部における「生徒マインド」だといわれている。だがこの「生徒マインド」、本来は海上自衛隊全体の結束へと波及するための起爆剤としての作用を期待されていたにもかかわらず、その実は「生徒出身者同士」の結束のみに終始していた。

「生徒は優秀な人が多いが、小さく纏まっている人が多い。たとえば一般企業でOLさんが、お茶当番を簡略化したとか……自衛隊の中でのそういうレベルでの活躍にとどまり、ちょっと持て余していたところは、正直ある」

 先に紹介した元高級幹部は、こう語るや「海上自衛隊という組織の中で学閥というものは、A幹部(防衛大と一般大卒のキャリア組)のみに統一したかった」と、その本音を吐露した。

最後の海上自衛隊生徒卒業式、学校長から窘められる生徒OBたち

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53期海上自衛隊生徒卒業式における行進。かつては成績順で並んでいたらしい。彼らは今、幹部自衛官や部隊の中堅として活躍している。

 結局、時代の趨勢により、贅沢な教育制度である海上自衛隊生徒は2011年3月、53年の歴史に幕を下ろした。そのテール・エンドである53期海上自衛隊生徒の卒業式に、全国からOBたちが後輩の激励にやってきた。OBのひとりは彼らにこう檄を飛ばす。

「偉い人たちに、この海上自衛隊生徒制度を廃止したことを後悔させるように――」

 卒業生たちが迎えの護衛艦に乗り、学校を後にする際、あるOBは「53期頑張れ!」と声をかけた。

「この意識です。自分たちが自衛隊内部で活躍しなかった。だから廃止に追い込まれた。それがわかっていない。当事者意識がまるでない。それで『(制度廃止を)後悔させろ』『頑張れ』はない」

 卒業式に参加した、生徒OBのある現役自衛官(当時)は、冷静な目で自らの出身母体の廃止をこう分析する。

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最後の卒業生とあってか、見送りには家族のほかOBらも多数かけつけた。

 海上自衛隊、とりわけ海の男の聖地として知られる江田島の幹部候補生学校や海上自衛隊生徒の卒業では、護衛艦が卒業生を乗せて出ていくというセレモニーがある。海上自衛隊生徒最後の卒業式でやってくる予定だったのは「生徒出身の2佐」が艦長を務める護衛艦だった。だが、東日本大震災の影響でこの企画は潰えた。

「これに文句を言う生徒OBがいたことは、非常に恥ずかしい」

 前出の生徒OBは、「廃止を契機に自らの襟を正せ」と、母校とそのOBたちに苦言を呈す。

 この最後の卒業式の後、海上自衛隊生徒の教育、そして幕引きを任された第1術科学校長が異例の訓示を現役、退職者問わず、集まってきた生徒OBに向けて行った。

「(略)自分が若手幹部だった頃、生徒出身者と仕事をしてきたが、仕事には非常に厳しい人が多かった。しかし同時に、とても刹那的な生き方をしている人も多かった。(略)今日も皆さんOBの方は、昨日に引き続いて今日も飲まれる? そうですか」

 技術部門で中堅として国防に携わるべく教育を受けた彼らは、東日本大震災という国難の時期にあっても、そこで優先したことは母校の廃止を嘆き、上層部への不満を肴に酒を飲むことだけだったのか。これでは、やはり廃止もむべなるかなといったところか。

(文=秋山謙一郎/経済ジャーナリスト)

秋山謙一郎/経済ジャーナリスト

秋山謙一郎/経済ジャーナリスト

1971年兵庫県生まれ。経済ジャーナリスト。『友達以上、不倫未満』『弁護士の格差』(ともに朝日新書)、『ブラック企業経営者の本音』(扶桑社新書)など著書多数。週刊ダイヤモンド、ダイヤモンド・オンライン(ともにダイヤモンド社)、現代ビジネス(講談社)などに寄稿。本サイトは発刊時からの執筆メンバー。創価大学教育学部大学院修了という学歴から宗教問題にも詳しい。

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