水留氏は東京大学理学部卒業後、電通に勤務し、アンダーセンコンサルティング(現・アクセンチュア)を経て、欧州を代表するコンサル会社のローランド・ベルガー日本法人に入社した。ローランド・ベルガーは企業・事業再生を専門とするグループで、数多くの再生案件を手がけた実績を持つ。
09年に官製ファンドの企業再生支援機構(現・地域経済活性化支援機構)の常務に就き、10年には会社更生法で再生中の日本航空の副社長に就任して経営再建に尽力した。その後、アパレル企業ワールドの専務執行役員などを経て、15年にスシローに招かれた。
水留氏は、外部から招聘された再生のプロである。しかも、新しいタイプの仕事請負人だ。業績が落ち込んだ企業に招かれてV字再生を果たす辣腕家を、一般にプロ経営者というが、水留氏はこの範疇に当てはまらない。
前経営陣はスシローを日本一に押し上げ、業績は拡大中だった。うまくいっている会社を引き受けて、さらに成長させることは企業再生よりはるかに難しい。プロ経営者たちが最も得意とする抜本的改革が行えないからだ。
ペルミラ日本法人トップは元大蔵省キャリア
ペルミラは15年7月、米投資ファンドのコールバーグ・クラビス・ロバーツ(KKR)の元幹部の藤井良太郎氏を日本代表として迎えた。日本企業へのアドバイザリー業務や投資経験が豊富な藤井氏を起用し、日本での業務を拡大する狙いだ。
藤井氏は97年に東大法学部を卒業し、大蔵省(現財務省)に入省した。しかし、藤井氏が入省したときには、「省の中の省」といわれた輝かしい大蔵省の姿はもうなかった。接待疑惑で上司が逮捕され、自分の机も捜査の対象となった。組織を守るための想定問答集づくりに追われた。
99年から2年間、米スタンフォード大のMBA(経営学修士)コースに留学した。シリコンバレーはドットコムブームに沸き、日本経済の病み具合が、かなり深刻なことを痛感した。
MBA取得後も、解体された大蔵省には戻らなかった。01年、ゴールドマン・サックス証券に移り、三井住友フィナンシャルグループへの1500億円の投資案件などに携わった。その後、本社勤務も経験。ヘンリー・ポールソンCEO(のち米財務長官)からも慰留されたが06年5月、KKR日本法人に移った。KKRではディレクターなどを務めた。
ペルミラは1985年の設立。運用総額は250億ユーロ(約3兆円)に上る。食の川上から川下にいたるフードチェーンを重要な投資のテーマとしてきた。そして今、外食産業に狙いを定めている。
藤井氏の任務は、スシローを再上場させて多額のリターンを得ることである。次に買収する外食企業を選定する仕事も重要だ。
米マクドナルドが手放そうとしている日本マクドナルドホールディングスの株式の取得をペルミラが検討しているとの観測が、ファストフード業界を駆けめぐっている。
(文=編集部)