成功体験を捨てることの重要性
1990年代初頭のバブル崩壊後、わが国の企業経営者は株価や不動産価格の急落を受けた経済の混乱に恐れおののき「羹に懲りてなますを吹く」というべきリスク回避的な心理を強くした。
それに比べ、孫氏は成長などへの野心=アニマルスピリッツを体現してきた経営者だ。同氏のリーダーシップと決断力がソフトバンクの成長を支えてきた。孫氏の経営を見ていると、他社と同じことはやらない、誰も思い描かないビジネスを実現するという表現が当てはまる。それは、過去の成功体験に執着し現状維持を続けるという発想とは相容れない。
足許、国内企業の経営動向を俯瞰すると、日産自動車や神戸製鋼所の不祥事問題が目立つ。技術と現場を重視した経営が問題の一因だとの見方もあるが、本当だろうか。問題の本質は、企業の経営者が現状維持の心理を強くしてしまった結果、過去の成功体験をもとにして同じことを繰り返せばよいという発想に陥ってしまったことにあると考える。
将来の成長を考え、必要な意思決定を下すことこそが経営者の役割だ。孫氏の経営はまさに、新しい発想を実現させようとするものだ。そこに過去の成功体験にとらわれる発想は感じられない。
世界全体で企業を取り巻く環境は急速に変化している。電気自動車の実用化が進めば、ハイブリッド技術をコアコンピタンスとしてきたわが国の自動車産業は厳しい状況に直面するかもしれない。それを防ぐには、新しい製品やサービス、組織、供給チャネルなどを生み出すイノベーションを進めるしかない。
市場関係者と話をすると、ソフトバンクの経営に不安を感じる者もいるようだ。後継者の不在、相次ぐ買収や出資の決定により経営が悪化する可能性はゼロではない。しかし、より大きな付加価値を追求する経営は、わが国の成長に不可欠だ。その意味で、ソフトバンクがどのように成長戦略を実行していくかは注目に値する。
(文=石室喬)