いずれにせよ、過去20年近くデータの書き換えが行われてきた可能性があることは重大な問題だ。同社の組織には、検査結果の書き換えは不適切な行為ではなく事業を遂行するために必要な取り組みとの認識が染みつき、基準未満の製品を見直すという当たり前の意思決定ができなくなってしまった。
どれだけ内部管理体制が強化されたり企業統治の整備が進んだとしても、私たちは意思決定権が上位の人物=上司や、周囲から発言力があるとみなされている人の考えに影響されてしまうことがある。常に、合理的に、私たちが意思決定を行うとは限らないのである。
これもまた悪事発現の法則
KYBのデータ書き換え問題は、8月に子会社の検査員が内部告発を行ったことで明らかになった。これは、悪事発現の法則の良い例だ。
社会の常識として、約束を守ることのできない人は信用されない。嘘をついてその場をやり過ごしたとしても、虚偽はいずれ明らかになる。事実が発覚したときには、対応が難しいほどに問題が深刻化していることも多い。これを悪事発現の法則という。組織的に事実をごまかしても、いずれ限界に直面する。
内部告発から約3カ月が経過する。KYBの対応にはスピード感と危機感が感じられない。それだけ、同社は集団思考の罠に陥っていると考えられる。同社の対応を見ていると、社会からの批判・非難に直面してようやく事態の重大さに気づいたとの印象を受ける。その行動様式でKYBが問題の究明や経営体制の強化を進めることができるか、不安だ。
2020年9月にKYBは検査データが書き換えられた1万928本のダンパー交換を完了するとしている。ただ、それが想定通りに進むかは不確実だ。いまだに問題の全容は把握できていない。同社の管理体制への不安から、他の事業部門の業績にも影響が波及するだろう。
このように考えると、長期間にわたって検査データの書き換えが続けられてきたことのマグニチュードは計りしれない。状況によっては、ダンパー交換費用の増加と収益の減少が同時に進むことによって財務内容が悪化し、事業部門の売却などによって資金を確保しなければならない状況にKYBが直面する可能性も否定できない。
国が定めた基準、顧客との約束は確実に守らなければならない。KYBはそれを軽視した。同社以外にも、わが国を代表する企業の多くが信じられないような不適切行為、不正を行ってきたことが発覚している。技術力の高さを競争力としてきたわが国企業にとって、この事態はあってはならない。気がたるんでいるといってしまえばそれまでだが、各企業は外部専門家の知見などを取り入れつつ、自社の行動が常識と良識に沿っているか否か、見直すべき時を迎えているといえるだろう。
(文=真壁昭夫/法政大学大学院教授)