そもそも「勝てるかもしれない」と思えない競争で、勝つことはできない、という科学的研究
彼らにとって残念なことには、自分が勝てるかもしれない世界最高の舞台での競争によって通常以上にパフォーマンスが上がるのは、彼らだけでなくボルトにも当てはまってしまうという事実だったのだが。
●なぜ日本企業は部分的にしか復活できていないのか
さて、このような競争の科学の理論は、個人だけでなく組織にも当てはまる。もちろんサッカー日本代表のようなチームプレーの競技にも当てはまるが、それだけでなく私たちが日常的に所属する企業という組織についても当てはまるのだ。企業において社員のやる気が最高に引き出されるのは、がんばれば勝てる可能性が十分に見える時なのである。
実はこの単純な事実から、なぜ日本企業が過去数年で部分的に復活したのか、そしてなぜ部分的にしか復活できていないのかという理由を解説することができる。
アベノミクスがもたらした円安で、日本をこれまで牽引してきた国際的な製造業が軒並み息を吹き返してきた。その筆頭はトヨタ自動車であり、コマツであり、ファナックといったグローバルな競争力を持つ企業群である。トヨタは、ある試算では、1円の円安で営業利益が400億円上ぶれするといわれていた。2011年度のドル円為替レートは平均79.2円、13年度は同99.9円なので、2年で約20円も円安となった。ちなみに14年度は同110円前後と、さらに約10円の円安になりそうな勢いである。
11年度から13年度にかけて、試算通りならトヨタの営業利益は8000億円増えるはずだが、実際に連結営業利益の増加額はその試算をはるかに超える1兆9000億円になる。つまり1ドル=80円前後のとても戦えない為替レートの期間にはトヨタの業績は苦しく、一方で1ドル=100円を超えてグローバルな自動車メーカーとグローバル市場で戦えば勝てる状況に変わった途端、円安効果の倍の営業利益をたたき出せる組織になったのだ。
非常に単純な事実で、かつ藤巻健史氏以外の経済評論家はあまり関心がない事実だが、製造業が国を牽引する日本のような国の場合、為替レートは国のGDPを上げるには非常に重要なファクターなのだ。
そしてここで重要なことは、円安だから貿易の差額で儲かるというような事実以上に、勝てるかもしれないと社員が思えるようになると企業は強いという、もう一つの事実なのだ。実際ここにきて、一部のグローバル製造業は、かつて1990年代に日米で貿易摩擦を起こした当時を彷彿させるぐらいに自信を回復させてきている。
●政府が旗を振る分野ほど、企業は成長できない?
さて、一方で本稿にはもうひとつ残念なオチが用意してある。
日本が国家の威信をかけて成長産業にしたい新分野においては、政府が旗を振るほどには、その分野の企業は成長できないのかもしれないのだ。