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なぜ東京電力は”地元”の入札に負けたのか…首都圏電力市場、価格競争の構造分析

2026.08.26 05:55 2026.08.26 00:45 経済
文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=佐伯俊也/エネルギー政策研究家

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●この記事のポイント
東京都下水道局の電力入札で東京電力エナジーパートナーが関西電力・東北電力に失注。越境販売シェア約3%、新電力シェアは特別高圧9.8%〜低圧25.6%という資源エネルギー庁データを基に、公共調達の価格競争と2026年3月の環境配慮契約法改正が首都圏電力市場の構造をどう変えつつあるかを解説する。

 東京電力ホールディングス(HD)が、大株主の一角である東京都の電力入札で競合に敗れていたことが明らかになった。日本経済新聞は2026年、東京都下水道局が発注する水再生センターやポンプ所向けの電力調達で、東京電力エナジーパートナー(EP)が関西電力や東北電力に案件を奪われたと報じた。

「地元中の地元」であるはずの都庁関連施設の電力調達で、足元の顧客を他エリアの大手電力に奪われる――この事実だけを切り取れば「東電離れ」「ブランド力の陰り」といった扇情的な見出しが躍りそうになる。しかし数字と制度を丁寧に追うと、そこにあるのは感情論ではなく、電源構成・価格戦略の違いと、公共調達における評価軸の構造的な変化という、きわめて合理的な力学である。本稿では今回の事例を手がかりに、首都圏電力市場で何が起きているのかを、公表データに基づいて整理する。

●目次

東京都の電力入札とその背景

 東京都下水道局は2025年10月、都内110カ所の水再生センター・ポンプ所などで使用する電気について、総契約電力28万1238〜28万6418kW、想定使用電力量約9億6673万kWhという大規模な複数単価契約の入札を公告した。履行期間は2026年4月の計量日から2027年4月の計量日前日までで、総額競争方式による電子入札が原則とされた(政府公共調達データベース掲載の東京都公示資料)。この案件をめぐり、地元事業者であるはずの東電EPが失注し、関西電力・東北電力側が契約を獲得したというのが日経報道の骨子である。

 背景として見逃せないのが、東電HD自身の足元の経営数字だ。2026年7月に公表された2026年度第1四半期(4〜6月期)決算によれば、小売販売電力量は344億kWh(前年同期比89.0%、42億kWh減)と大きく落ち込み、経常損益も前年同期比898億円の減益となる114億円にとどまった(東京電力HD「2026年度第1四半期決算について」)。同社は2026年4月、悲願だった柏崎刈羽原子力発電所6号機の商業運転を福島第一原発事故後初めて再開させ、これが約470億円の増益効果をもたらしたとされる。それでもなお販売電力量の減少と燃料・卸電力市場価格の高騰による調達費増が上回り、収益改善は限定的にとどまった。原発再稼働という「供給力の強化」だけでは、価格競争力や顧客基盤の立て直しには直結していない実態が浮かび上がる。

 なお、東京都は東電HDの株主ではあるものの、2023年度末時点の公表データによれば実際の持株比率は1.20%(大株主上位5位)にとどまり、54.74%を保有する筆頭株主は国の原子力損害賠償・廃炉等支援機構である(東電HD公表の大株主情報)。東京都は「地元自治体」として長年の取引関係を持つ立場ではあるが、経営を左右する支配株主ではない。この位置関係を踏まえると、今回の失注は「大株主の離反」というより「長年の取引先が、他の条件を優先して電力調達先を切り替えた」というBtoB取引として理解するのが実態に近い。

攻める関電・東北電、守りに回る東電

 大手電力会社(旧一般電気事業者)が自社の供給エリア外で電力を販売する、いわゆる「越境販売」は、電力小売全面自由化以降、じわじわと存在感を増してきた。資源エネルギー庁が2025年2月に公表した資料によれば、2024年10月時点で大手電力による域外進出のシェアは約3.0%であり、2022年度の燃料価格高騰局面で一時大きく落ち込んだあと、足元では横ばいで推移している(資源エネルギー庁「電力小売全面自由化の進捗状況について」)。数字だけを見れば依然として小さな規模だが、その中身は着実に「面」から「大口の特定案件」へと戦い方を変えている。

 越境する側の関西電力や東北電力にとって、首都圏はあくまで”アウェー”の市場である。自陣(関西・東北エリア)の供給義務や固定費構造を抱えたまま、他エリアでは採算の合う大口・高効率な案件に絞って競争力のある価格を提示できる。いわば身軽な「単発の値付け」が可能な立場にある。一方、首都圏を地盤とする東電EPは、家庭用から特別高圧の大口需要家まで面的に供給責任を負っており、全顧客に一律の値引きを行う余地は限られる。資源エネルギー庁の同資料では、新電力(他業種からの新規参入者)のシェアが2024年10月時点で特別高圧9.8%、高圧20.6%、低圧25.6%、全体で19.2%に達しているとされ、大手電力同士の越境に加え、異業種からの新電力も含めた多層的な競争が高圧・特別高圧市場で進んでいることがわかる。

 エネルギー政策研究家の佐伯俊也氏は次のように指摘する。

「首都圏で越境する電力会社は、自社の原価に見合う案件だけを選んで入札する、いわば”いいとこ取り”の営業ができる。対して地場の大手電力は総合的な供給責任を負う分、価格だけで対抗するのは構造的に難しい。これは経営努力の巧拙というより、事業モデルの違いに起因する現象だ」

公共調達の評価軸はどう変わったか

 まず押さえておくべきは、今回の東京都下水道局の案件そのものが「総額競争方式」、つまり価格のみで優劣を決める一般競争入札として公告されていた点である。総合評価方式のように環境価値やその他の要素を点数化する仕組みではなく、応札価格が唯一絶対の基準となる。この方式が採用される限り、「地元だから」「長年の取引先だから」「株主だから」といった関係性は、制度上、入札結果に何ら影響を与えない。今回のケースで東電EPが敗れたとすれば、それは第1章・第2章で見たような電源構成・調達コストに起因する価格競争力の差が、そのまま結果に直結したと考えるのが自然である。

 一方で、より長期的な視点では、価格だけでなく環境価値を評価に組み込む制度改革も進みつつある。環境省が所管する環境配慮契約法(グリーン契約法)は従来、CO2排出係数などが一定基準を満たした事業者の中から最安値を選ぶ「裾切り方式」を国等の機関における電力調達の基本としてきた。2026年3月13日には同法の基本方針変更が閣議決定され、CO2排出係数(事業者単位・メニュー単位)や再生可能エネルギー割合、未利用エネルギー活用などを点数化し、価格と掛け合わせて評価する「総合評価落札方式」への移行が打ち出された(環境省近畿環境局資料「環境配慮契約法に基づく総合評価落札方式の導入について」)。

 ただし2026年度はあくまで移行期間であり、準備の整った国の機関・独立行政法人等や地方公共団体による先行的な導入を促す段階にとどまる。本格導入は2027年度以降とされ、地方自治体への適用も現時点では努力目標に近い。つまり、環境価値を軸にした調達改革は「これから本格化する」局面にあり、今回の東京都のケースを直接説明する要因ではないものの、今後同種の公共調達において価格以外の評価軸が重みを増していく可能性を示す動きとして注視する価値がある。

「自治体調達の現場で重視されるのは、突き詰めれば説明責任です。なぜその事業者を選んだのかを住民に説明できなければならない。価格が一番安い、あるいは総合評価点が一番高い、という客観的な理由がなければ、たとえ地元企業であっても選定は正当化できません。逆に言えば、越境してきた事業者であっても、条件さえ満たせば公正に落札できるのが、今の公共調達の姿です」(同)

関係性依存モデルの脆さ

 今回の事例が示すのは、東電個社の経営課題という以上に、BtoB営業における普遍的な教訓である。長年の取引関係や資本関係に根ざした「お得意様」は、制度変更や競合の合理的な価格攻勢の前では、必ずしも盤石な防波堤にはならない。むしろ、関係性に安住した営業モデルほど、条件が変わった瞬間に静かに、しかし一気に崩れるリスクをはらんでいる。

 自社のビジネスに引き寄せて点検すべき視点は、大きく三つに整理できる。第一に、顧客側の評価軸――コスト、環境・ガバナンス要件、透明性への要請――がどう変化しているかを継続的に把握できているか。第二に、自社のコスト構造や強みが、変化後の顧客要件と整合しているか。価格だけで戦えないなら、供給安定性や環境価値など、価格以外の評価項目でどれだけ差別化できているか。第三に、価格以外の要素で「他社が攻めにくい構造」、つまり真の意味でのスイッチングコストを構築できているか、という点である。関係性への依存を「見えないスイッチングコスト」だと錯覚したまま放置すれば、今回の東電のようにいつか制度や競合の合理的な攻勢によって突き崩される可能性がある。

フラット化する電力市場のゆくえ

 大手電力各社が長らく前提としてきた「供給エリア=自社の牙城」という区分けは、少なくとも特別高圧・高圧分野のBtoB取引においては、急速にその意味を薄めつつある。越境販売のシェア自体はまだ約3%規模にとどまるものの、大口・公共調達という象徴的な案件で越境事業者が実績を積み上げること自体が、市場参加者の意識を変えていく。

 今回の東京都の事例を、東電個社の失点として片付けるのは早計だろう。電源構成やコスト構造の違いという経済合理性が、価格のみを基準とする公共調達の枠組みの中でそのまま結果に表れた――これが直接の構図である。同時に、国レベルでは環境価値を評価に組み込む総合評価落札方式への移行が2026年度から段階的に始まっており、いずれ地方自治体の調達にも同様の考え方が広がっていく可能性がある。その意味で今回の事例は、日本の電力市場が「関係性に基づく取引」から「データと合理性に基づく市場競争」へと移行しつつある過程の、現時点における一断面として捉えるのが妥当である。今後、他の自治体・大口需要家の調達でも同様の構図が繰り返されるかどうかは、各社の電源ポートフォリオ強化とプライシング戦略、そして自治体側での総合評価方式の普及度合いにかかっている。

(文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=佐伯俊也/エネルギー政策研究家)

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