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東京の老人ホーム「入居金1千万円」時代…その裏で急成長する在宅テック介護市場

2026.08.23 05:55 2026.08.22 00:41 経済
文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=成瀬愛/行政書士・ファイナンシャルプランナー

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●この記事のポイント
東京都内の有料老人ホーム入居金は中央値1000万円を突破、8年で4割上昇し月額も29.78万円に。一方2025年の介護事業者倒産は176件と過去最多。建築費・人件費高騰に苦しむ施設経営の実態と、見守りセンサーなど数万円台から始まる「在宅テック介護」(AgeTech)市場の台頭を、公的データと専門家コメントで読み解く。

「入居金だけで1000万円。とても払えない」——。そんな声が東京の介護現場で相次いでいる。日本経済新聞の報道によれば、都内の有料老人ホームの入居時費用(中央値)は2026年1月時点で1000万円を突破し、この8年間で約4割上昇した。月額費用の中央値も29万7820円まで上がり、同期間で15%の値上げとなっている。ある大手事業者は2019年以降、5回にわたり値上げを重ね、その累計上げ幅は15%に達したという。

 一方、公的年金だけを頼りに老後を送る高齢者にとって、この水準は届かない金額だ。厚生労働省の資料では、令和7年度のモデル年金額(平均的収入で40年就業した夫婦世帯の老齢厚生年金+老齢基礎年金2人分)は月額23万2784円、国民年金のみの受給者は月額6万9308円にとどまる。実際、入居金と月額費用(中央値)を単純に5年分合算した総費用はおよそ2788万円に上るとされる。「年金だけでは到底届かない」という子世代の悲鳴も無理はない。

 だが、この記事で伝えたいのはもう一段深い構造である。値上げを続ける施設側も、決して笑いが止まらないわけではない。建築費・人件費・光熱費という「三重苦」が経営を圧迫し、逆ざやに苦しむ事業者は少なくない。そして今、この「1000万円の壁」を飛び越える形で、自宅を拠点にした低コストの新しい介護インフラ——AgeTech(エイジテック)市場が静かに存在感を増している。都心型施設の高騰は、日本の高齢者ケアが「箱」から「システム」へと転換する予兆かもしれない。

●目次

1000万円でも苦しい経営 施設ビジネスの知られざる内情

 値上げの背景には、少なくとも3つの構造要因が重なっている。

 第一に、建築費と地価の高騰だ。都心部での新規開設では、資材費・人件費の上昇により建設コストが数年前より大きく膨らんでおり、入居金を高く設定しなければ初期投資を回収できない構図が生まれている。

 第二に、人手不足と賃上げ圧力である。東京商工リサーチの調査によれば、2025年の「介護事業者」倒産は176件と過去最多を更新した。業態別では訪問介護が91件と3年連続で最多となり、認知症グループホームも9件と急増している。倒産の主因は「売上不振」が全体の約8割(79.5%)を占め、その背景として人材確保の難しさや稼働率の低下、物価高によるコスト増が指摘されている。有料老人ホーム自体の倒産件数は16件とやや減少したが、これは業界内で事業譲渡(M&A)による経営統合が進み、単独での倒産に至る前に売却されるケースが増えていることの裏返しとも読める。

 第三に、光熱費・食材費の物価高だ。24時間365日運営する施設では、電気代や食材コストの上昇がそのまま収支を直撃する。LIFULL介護の調査でも、東京都の有料老人ホーム入居時費用の相場は924万円と全国平均(約650万円)を274万円上回り、月額費用も全国水準を上回る傾向が続く。

 こうした中、業界の勢力図は二極化しつつある。入居金が数千万円から億単位に達する富裕層向けの「超高級路線」と、郊外・地方に立地する比較的廉価な施設への分化が進む。実際、有料老人ホームの在所者数は全国で約57万人とされ、後期高齢者人口の3%程度にすぎない。「施設に入る」という選択肢自体が、すでに一部の層に限られた贅沢になりつつある。

「都心の施設経営は、入居金を上げなければ回らないが、上げれば入居者が集まらないというジレンマに直面しています。中価格帯を狙っていた事業者ほど、建築費と人件費の二重の上昇に耐えられず、大手への事業譲渡を選ぶ動きが増えている印象です」(介護業界に詳しい経営コンサルタントでファイナンシャルプランナーの成瀬愛氏)

「介護難民」予備軍はどこへ向かうのか

 深刻なのは、施設にも入れず、かといって自宅での介護も限界に近づいている層の存在だ。モデル年金額(月23万円前後)は都心の月額費用(30万円台)に届かず、子世代が毎月数万円から十数万円を補填するケースは珍しくない。共働き世帯にとって、この負担は家計だけでなく就労継続にも影響しうる。

「施設には入れないが、完全な独居も不安が残る」という高齢者は、都市部を中心に広範に存在すると見られる。この層こそが、次の10年で最も大きな需要を生む「空白市場」になり得る。従来の在宅介護は家族の労働力に依存する部分が大きかったが、共働き化・核家族化が進む中で、その前提はすでに崩れつつある。

「1000万円の壁」に挑む在宅テック介護

 こうした構造的な空白を埋める動きとして注目されるのが、AgeTech(高齢者向けテクノロジー)だ。施設入居金1000万円+月額30万円という負担に対し、自宅にセンサーやサービスを組み合わせる「在宅テック介護」は、初期費用を数万円から数十万円程度、月額を数万円程度に抑えられる可能性を持つ。

 具体例はすでに広がっている。富士通は2025年6月、プライバシーに配慮しながら転倒や体調変化を検知する「ミリ波レーダ見守りシステム」の提供を始めた。カメラを使わずに睡眠や呼吸、活動量をモニタリングできる点が特徴で、介護従事者の負荷軽減を狙う施設・在宅双方への展開が想定されている。

 訪問介護の分野でも、必要な時間だけプロの手を呼べる「スポット型」サービスが広がる。自費訪問介護のマッチングを手がけるクラウドケアは、身体介助や通院付き添い、見守り、家事代行などを1時間2500円〜3000円台から利用できる仕組みを提供し、東京・神奈川・埼玉・千葉・大阪・京都・兵庫へとエリアを拡大している。介護保険外のサービスは自由度が高く、施設入居前の「つなぎ」としても機能しつつある。

 市場規模の推計にも注目したい。高齢者向けの生活支援サービス市場(医療・介護保険の適用外領域)は、2023年時点の民間調査で約51.1兆円と推計されており、高齢者関連市場全体は2025年に101.3兆円規模に達するとの試算もある。数値の算出方法や対象範囲は調査によって幅があるため参考値として捉える必要はあるが、既存の施設ビジネスとは桁違いの潜在市場が存在することは間違いない。

「施設をまるごと建てるより、既存の自宅にセンサーとサービスを足していくほうが、初期費用もリードタイムも圧倒的に小さく済みます。ただし高齢者本人の抵抗感や、緊急時対応の信頼性など、施設が担ってきた『安心』をどう技術で代替するかが今後の課題です」(同)

「シニアテック」の勝機

 海外では「Aging in Place(住み慣れた場所で老いる)」を支える技術への投資が加速している。米国・欧州のベンチャーキャピタルは在宅ケア、遠隔健康モニタリング、家族向け介護コーディネーションのスタートアップに資金を投じており、日本国内でも通信キャリアによるIoT見守りインフラ、家電メーカーによるセンサー内蔵家電、警備会社や物流企業による見守り・配食連携など、異業種からの参入が目立ち始めている。

 この市場で成否を分けるのは、サービス設計の「非対称性」への対応だ。費用を負担するのは40〜50代の子世代である一方、実際にサービスを使うのは70〜80代の親世代であり、両者の価値観やITリテラシーには大きな隔たりがある。使いやすさと安心感を同時に満たすUX設計が、事業の競争力を左右するだろう。

「施設か在宅かという二者択一で語るのは実態にそぐいません。今後は、施設・訪問介護・テクノロジーを組み合わせたハイブリッド型のケアモデルが主流になっていくと考えられます。政策的にも、保険外サービスとテクノロジーをどう公的制度と接続させるかが論点になるはずです」(同)

高齢者インフラは「箱」から「システム」へ

 都心型老人ホームの入居金高騰は、単なる一施設の値上げ問題ではない。建築費・人件費・光熱費という構造的なコスト増に直面する施設ビジネスと、年金収入だけでは追いつかない高齢者・家族の家計という、二つの現実が同時に進行している結果だ。

 その狭間で存在感を増しているのが、施設という「箱」に頼らず、テクノロジーとスポット型サービスを組み合わせて自宅を支える「システム」としての介護である。まだ発展途上の市場であり、緊急時対応や高齢者本人の受容性など課題も残るが、1000万円を用意できる層以外の多数派を支える現実的な選択肢として、今後の成長が注目される分野だ。

 ビジネスパーソンにとっては、親の介護という個人的なリスクへの備えであると同時に、超高齢社会の日本が生み出す数少ない拡大市場の一つとして、中長期的に注視する価値があるテーマといえるだろう。

(文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=成瀬愛/行政書士・ファイナンシャルプランナー)

【主な参照データ】
日本経済新聞「老人ホームに手が届かない 東京の入居時費用1000万円、月額も値上げ」(2026年7月)
日本経済新聞「『終のすみか』の現実(上)老人ホーム 手届かぬ東京 入居費1000万円、4割上昇」(2026年8月)
東京商工リサーチ「2025年『介護事業者』倒産 過去最多の176件」
日本年金機構「令和7年4月分からの年金額等について」
LIFULL介護「東京都の老人ホーム・介護施設の費用相場」
富士通ニュースリリース「ミリ波レーダ見守りシステム」提供開始(2025年6月)
クラウドケア(CrowdCare)公式サイト
global quartet「AgeTech市場概況」レポート

BusinessJournal編集部

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公開:2026.08.23 05:55