BP撤退、住商は33%出資…「日英洋上風力」で起きる逆流現象の正体

●この記事のポイント
英BPが山形県遊佐町沖の洋上風力からの撤退を検討する一方、住友商事は英国のケルト海沖・浮体式案件「グウィント・グラス」に33.3%出資。三菱商事も国内3海域から撤退済み。CfD制度による収益予見性の高い英国と、コスト高騰リスクの大きい日本市場——商社と石油メジャーの「選択と集中」の違いを、最新の出資・撤退データで読み解く。
7月、英石油大手BPが山形県遊佐町沖の洋上風力発電事業から撤退する方向で調整に入っていることが明らかになった。丸紅が主導し、関西電力や東京ガスが参加するコンソーシアムからBPが抜ける形で、事業自体は継続する見通しだが、業界には動揺が広がっている。
その一方で、同じ時期に住友商事は英国での洋上風力事業を次々と積み増している。2025年12月には英国南東部の大型案件「Five Estuaries」で開発許認可を取得し、2026年8月10日には英国南西部のケルト海沖で計画される浮体式洋上風力事業「グウィント・グラス」の株式33.3%を取得したと発表した。総発電容量は約150万キロワットに達する見込みで、住友商事にとって浮体式案件への出資は初めてとなる。
同じ「洋上風力」という分野で、なぜ欧州のエネルギー本国企業は日本を去り、日本の商社は英国へ向かうのか。日本政府は「洋上風力産業ビジョン」で2030年までに10ギガワット、2040年までに30~45ギガワットの案件形成という野心的な導入目標を掲げてきた。その旗振り役であるはずの大手商社や石油メジャーが相次いで案件を手放す一方、別の商社が海の向こうで投資を拡大するという構図は、一見するとちぐはぐに映る。しかしこの一見ねじれた動きの背後には、両者それぞれの合理的な経営判断が存在する。
●目次
なぜBPは日本案件から手を引くのか
BPが日本市場で直面してきたのは、インフレと円安、資機材価格の高騰という三重苦だ。世界的な資材価格や人件費、金利の上昇により、入札時に想定していたコストから大幅に上振れする案件が相次いでいる。日本の洋上風力市場は専用の作業船や部材を手がけるサプライチェーンがいまだ未成熟であり、こうした供給網の脆弱さがプロジェクト遅延のリスクを一段と高めている。
この動きは日本市場に限った話ではない。象徴的なのがBP自身の方針転換だ。BPは2020年当時、2030年までに再生可能エネルギーの発電容量を2019年比20倍の50ギガワットへ引き上げ、低炭素分野への投資を年50億ドル規模に拡大するという目標を掲げていた。しかし2025年2月、この目標を撤回し、再エネ中心の投資額を8億ドル未満に大幅縮小すると発表。同時に石油・ガスの増産へと方針を転じた。同年12月にはCEOが交代し、新体制のもとで2027年末までに総額200億ドル規模の資産売却を進める方針も打ち出されている。
山形県遊佐町沖の案件でも、BPは保有する25%の持分の売却に向けた協議を進めているとされる。これは豪州の大規模グリーン水素事業や米国の陸上風力資産の売却と同じ、資本効率を重視する世界的な資産再編の一環だ。再エネ投資に対して収益予見性を厳格に問う姿勢が強まり、初期段階でコスト構造が読みにくい日本案件は、この基準から外れやすい位置に置かれていると見ることができる。
同様の動きは日本の商社にも及んでいる。三菱商事は2025年8月、中部電力とともに千葉県沖・秋田県沖の3海域における洋上風力発電計画からの撤退を発表した。最安値での落札から一転、円安や資材高により事業計画の実現が困難になったことが理由とされ、業界では「三菱商事ショック」とも呼ばれている。BPの検討はこれに続く動きとして受け止められており、日本の洋上風力政策全体への逆風となりかねない。
なぜ今、住友商事は英国市場に投資するのか
一方の住友商事にとって、英国はゼロから開拓する市場ではない。同社が洋上風力事業に参入したのは2014年のベルギーが最初で、英国では2016年に「Galloper」に参画し2018年に完工、2018年には「Race Bank」にも参画するなど、10年以上の実績を積み重ねてきた。今回の「Five Estuaries」はGalloperの拡張案件であり、既存インフラや現地の施工船・保守運用ネットワークをそのまま活用できる強みがある。
英国市場が持つ最大の魅力は、「差額決済契約(CfD)」という制度的な収益予見性の高さにある。CfDは発電事業者が固定価格と市場価格の差額を政府から補填される仕組みで、売電価格が変動しても事業者の収入がある程度安定する。日本のように入札後の資材価格高騰リスクを事業者が単独で背負う構造とは異なり、政策的な下支えのもとで長期の投資回収計画を描きやすい。
住友商事は2025年7月、英国政府と事業投資に関する包括的な覚書を締結しており、Galloperに隣接するFive Estuariesもこの覚書の対象案件に含まれている。政府との協力関係を軸に、既存の欧州拠点網(ドイツ・デュッセルドルフ、ベルギー・ルーベン、英国・ロンドン、フランス・パリ)を生かしながら案件を積み増す戦略が読み取れる。
ケルト海沖の浮体式案件「グウィント・グラス」への参画も、単なる収益機会の獲得にとどまらない狙いがあるとみられる。浮体式は着床式に比べて水深の深い海域でも設置可能で、地形的制約の大きい日本近海での将来的な普及が期待される技術だが、商業化に向けたノウハウは依然発展途上にある。フランス電力公社やアイルランド電力公社という欧州の実務経験豊富なパートナーとともに開発段階から関わることで、コスト管理や許認可対応の知見を蓄積し、将来的に日本や他のアジア市場へ還元する布石と位置づけられる。
「石油メジャーは再エネ全体のハードルレートを引き上げており、収益の読みにくい市場からの撤退は合理的な選択だ。一方、総合商社は単年度の利益率だけでなく、長期的な技術蓄積や事業ポートフォリオの分散を重視する傾向があり、制度が整った市場での参画はリスクとリターンのバランスが取れた判断といえる」(エネルギー政策研究家・佐伯俊也氏)

住友商事の次の一手と、日本の課題
住友商事が英国で積み重ねる実績は、単なる海外収益源の確保にとどまらない意味を持つ。制度が整った市場で安定的なリターンを確保しながら、浮体式をはじめとする最新技術の知見を蓄積し、中長期的に国内の制度・産業基盤が整った段階で本格的なプレイヤーとして日本市場に還元する、という時間軸の長い戦略が透けて見える。
他方、BPや三菱商事の撤退が示すのは、日本の洋上風力政策が抱える構造的な課題だ。政府が掲げる2030年までに10ギガワット、2040年までに30~45ギガワットという導入目標に対し、実際に稼働段階に到達している容量はまだ目標に遠く及ばない。経済産業省は洋上風力事業者向けに、20年間一定の収入を保証する「長期脱炭素電源オークション」への参加を可能にするなど支援を強化しているほか、浮体式についても2040年までに15ギガワット分の事業者決定と部品の国内調達比率65%以上という目標を新たに打ち出している。しかし、ある事業者からは「支援が強化されても採算には余裕がない」との声も上がっており、制度の後追い的な拡充だけでは事業者のコストリスクを十分に吸収しきれていないのが実情だ。
英国のCfDのような価格補償制度の拡充や、専用船・部材を担う国内サプライチェーンの整備は、単に事業者を募るだけでは解決しない構造的な課題だ。日本が洋上風力を再生可能エネルギーの柱として育てていくためには、制度面・産業面の両方で「予見可能性」を高める取り組みが不可欠になる。実際、経済産業省も英国をはじめとする洋上風力先進国との技術・制度面での連携を強める方針を示しており、住友商事のような企業が英国で培う知見が、巡り巡って日本の制度設計や産業育成のヒントになる可能性もある。欧州メジャーの撤退と日本商社の海外進出という一見逆方向の動きは、結局のところ同じ課題――事業の予見可能性をどう確保するか――を映し出しているといえるだろう。
(文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=佐伯俊也/エネルギー政策研究家)











