鈴木亮平が主演を務めるNHK大河ドラマ『西郷どん』の第34回「将軍慶喜」が9日に放送される。8月下旬には1桁目前にまで低迷した視聴率も、前回の第33回「糸の誓い」で13.2%(関東地区平均、ビデオリサーチ調べ)と大幅に数字を戻しており、徳川幕府の終焉や戊辰戦争を控えて再び注目が集まっている格好だ。ここで、前回をおさらいしておきたい。
第33回は、初登場のお龍(水川あさみ)の入浴シーンから始まった。お龍は宿屋が役人たちに取り囲まれていることに気付き、休んでいた坂本龍馬(小栗旬)に急を知らせる。それとほぼ同時にどやどやと部屋に踏み込んでくる役人たち。龍馬は懐から取り出した拳銃で応戦した。「寺田屋遭難」「寺田屋襲撃事件」などと呼ばれる有名なエピソードだ。
歴史上の有名な出来事を、よく知られたかたちでそのまま描くことをしてこなかった『西郷どん』にしては珍しく、かなりベタな描き方である。主人公のエピソードをまともに描いてこなかったのに、龍馬の事件はきっちり型通りに描くのかよ、と少々モヤモヤするが、悪くはない。というより、見たかったのはこういうベタなストーリーだ。
ただ、できればお龍には定説通りに裸のまま駆け付けてほしかった。別に水川の裸を映してほしいとは言わないし、可能だとも思わないが、風呂場から窓の外を除いた時にすでに襦袢をしっかり着込んでいるのはちょっとおかしい。二階堂ふみが演じた愛加那には、西郷吉之助(鈴木)の前で全裸になるシーンがあったのだから、今回も撮り方を工夫すればよかったはず。裸のまま駆け付けるのと、襦袢を着てから駆け付けるのでは緊迫感がまったく違うのだから、そこは演出で工夫してほしかった。
龍馬とお龍の話はさておき、本編について語ろう。第33回の内容をごく簡単にまとめると、吉之助と糸(黒木華)が互いに素直に思いを打ち明けて信頼関係が強まり、愛も深まった結果、子を産めないと思われていた糸が初めて身ごもった――ということになる。
こうまとめてしまうと「なんだそれ」という感じだが、実際は意外と良かった。吉之助は糸を「同志」として認識していたため、あらためて妻として接するのは恥ずかしかったらしい。一方、糸には「子を産めない」という引け目があり、さらには吉之助の二番目の妻である愛加那への嫉妬も抱えていた。やがて、互いに微妙に距離があった2人はそれを乗り越え、本当の夫婦になっていく。憂いや悩みを抱えたような表情から、一転して妻としての覚悟を決め、高揚感に満ちた表情へと変わっていく黒木華の演技も抜群だった。特別すごい見せ場があったわけではないものの、じんわりと心に染みる良いストーリーだった。
これが普通のドラマだったら「良い話だった」で終わるのだが、残念ながら大河ドラマなのでそうもいかない。今回は2つだけ不満な点を挙げておきたい。まず、第二次長州征伐があっさり片付けられた点だ。これまで西郷が薩長同盟締結を模索してきたのは、第二次長州征伐に備えるためだったはず。ところが、今回とうとう長州征伐が始まったのに、ナレーションと「1000人の長州兵で5万の幕府軍を押し返したらしい」との台詞だけで終わってしまった。西郷の私生活に焦点を当てるのもいいが、そのせいで歴史上の出来事が追いやられるのはいただけない。
また、イギリス公使パークス(セイン・カミュ)と吉之助が交渉する場面もひどかった。吉之助が軍艦に単身乗り込んで交渉をまとめ上げてしまったこと自体は、史実でないとはいえ、いわゆる「主人公補整」が入るから仕方がない。だが、その交渉内容がスカスカ過ぎて話にならない。吉之助が述べたのは「薩摩が、いやこの西郷が天皇のもとに日本をまとめる」という壮大なハッタリのみ。何の根拠もなければプロセスも提示していないのに、それまで怒っていたパークスはコロッと態度を変えて「私は西郷を信じる」と言い始めた。そして交わされる熱い握手。あんたら大丈夫か、と言いたくなる。
さて、ここからは怒涛の展開が続く。9月30日放送の第37回で、江戸無血開城が描かれることがすでに明かされているため、今後は史実上の出来事を追うだけでも放送時間の尺がパンパンになるはずだ。できる限り横道にそれず、ひたすらベタな西郷隆盛ストーリーに徹してほしい。
(文=吉川織部/ドラマウォッチャー)