さまざまな疾病と共生しているシニア世代の健康目標は、「地域で自立し元気で暮らすための総合力」の維持増進である。そして、この健康目標に障害をもたらす一義的な原因は、メタボリックシンドロームをはじめとする生活習慣病ではなく、“老化そのもの”であることが明らかになっている。
超高齢社会になった日本では、国民のための健康施策として疾病対策と老化対策の双方が必要となるのである。健康づくりのメインキャストとしてまず思い浮かべるのは医師であろうが、医師養成の教育課程にはいまだ老化に関する教育内容はない。老化の科学を医学の範疇のみで学問するのが難しいからかもしれない。老化という健康問題を深く理解し対策をコーディネートできるプロフェッショナルの養成が急務である。叫ばれる認知症対策も疾病科学(医学)と老化の科学、両面から踏み込まないと有効な対策は開発されないであろう。
とはいうものの、やはり病気が気がかりな方は多い。そこで、今回は老化と疾病の関係について最近の考え方をお話しすることにする。
歩行能力のレベルでシニア期の心臓病死亡リスクを予測
1994年に全米医学会誌に発表されたとても意義深い研究成果を紹介する。71歳以上の心臓病とは無縁のシニア約4000名を歩行能力の程度ごとにグループに分け、その後4年間の心臓病死亡率をグループ間で比較した研究である。この研究は、シニア期の疾病管理や予防法の考え方に一石を投じた貴重な疫学データとして有名である。
しかしながら、日本では専門家でさえ意外に知らないことが多い。この結果は、1km歩き続けられ歩行能力にまったく問題のないグループを基準としたとき、続けて歩くのがやっとのグループでは心臓病死亡リスクが男性1.8倍、女性2.2倍になる。続けて歩けないグループでは男性2.0倍、女性2.6倍になるというものであった。この研究で扱っている心臓病とは冠状動脈硬化性心疾患といい、血清コレステロール値が高いとリスクが高まるとされる心臓病である。
しかしこの分析結果は、高齢であること、血圧が高いこと、喫煙すること、肥満であること、血清コレステロールが高いことなど、従来いわれてきた心臓病のリスクファクターを十分加味酌量して算出されている。そして、グループ間には誤差や偶然をほぼ否定できる明らかなリスク差が認められる。普段の歩行能力のレベルでシニア期の心臓病死亡リスクが予測できるのである。