妊娠していた20代の知人女性に対し、同意を得ずに堕胎術を行ったとして岡山市北区の医師、藤田俊彦容疑者が「不同意堕胎致傷」の疑いで警察に逮捕された。報道では、藤田容疑は堕胎した胎児の父親である可能性が高いという。
妊娠2カ月だったという女性から相談を受けた藤田容疑者は5月17日、午後1時頃から5時頃の間に勤務先の病院で、女性に麻酔薬を投与して眠らせ、手術を行ったとみられる。被害を受けた女性は全治1週間の怪我を負っているというが、将来、妊娠になんらかの影響が出ることも予想されるばかりか、心に負った傷はこの先も消えることはないだろう。奪われた命の重さと女性の心の傷の深さを考えると、藤田容疑者の罪は許されるものではない。今後、藤田容疑者に下されるであろう刑罰について、はれやか法律事務所の代表弁護士・小林嵩氏に話を聞いた。
「記事にもあるとおりですが、本件では刑法第216条により、<不同意堕胎致傷罪>が成立すると考えられます。刑罰は、傷害の罪と比較して、重い刑により処断されます。したがって6月以上10年以下の懲役刑に処されることとなります」
藤田容疑者には重い刑を科してほしいが、過去の医師による同様の事例では、その判決に賛否両論があったようだ。
「過去の事例では、交際相手が妊娠したことを知って、交際相手にビタミン剤と称して子宮収縮等の効能のある薬剤等を数回にわたって服用させた上、水分及び栄養補給を装って子宮収縮等の効能のある維持液を点滴して、妊娠約6週の胎児を堕胎したケースで、求刑懲役5年に対して、懲役3年・執行猶予5年の判決が言い渡されています。被害者が子どもを産み、それが妻に知られることを恐れて堕胎したということで、判決でも身勝手かつ自己中心的と断じられています」
刑罰が軽すぎるという印象を持つが、この判決には「医師免許」の処遇が関与しているようだ。
「私個人としては実刑判決でもおかしくないのではないかと、やや軽い刑罰であるようにも思われるのですが、このときは医師である被告人が、勤務先を懲戒解雇されるなど一定の社会的制裁を受けていること、医師免許を返上したいと述べ、その可否にかかわらず今後一切、医師の業務に携わらない旨を誓っていること等を考慮して、上記のとおり、執行猶予付判決が言い渡されているようです」
医師免許を自ら返上したこと、勤務先を解雇されたことが社会的制裁を受けているとみなされたということなのだが、読者諸氏はどう感じるだろうか。
「医師法は、医師が『罰金以上の刑に処せられた者』『そのほか医事に関し犯罪又は不正の行為のあった者』に該当することとなった場合には、厚生労働大臣において、戒告または3年以内の医業の停止、または免許の取消しのいずれかの処分をすることができると定めています。上記で取り上げた過去の事例においても、厚生労働省は当該医師に対して免許取消処分を下したようです」
エリート医師の仮面
藤田容疑者は2012年に香川大学医学部を卒業し、外科医として医療に従事していた。犯行当時は、勤務する病院で外科の副医長を務めていたと報じられている。医師として順調な道を歩んでいた藤田容疑者が、なぜ殺人と言っても過言ではない犯行に及んだのだろうか。エリート医師の仮面の下に、自己中心的で傲慢なもうひとつの顔があったのだろうか。
犯行当日は勤務外で、手術は病院の許可なく行っているという。無断で診察室、手術器具、薬剤を使って行うなど、あってはならない行為だ。医師として自らの行為に疑問を抱かなかったとするなら、医師としての適性が大きく欠如していたといえるだろう。
医師による事件の報道が相次いでいる昨今、これからは医師にも肩書だけでなく、人間性そのものが問われる時代だといえるだろう。
被害に遭われた女性の傷が早く癒えること、および奪われた命のご冥福をお祈りする。
(文=吉澤恵理/薬剤師、医療ジャーナリスト)