クレランボー症候群は、完全な虚構や妄想に基づく、精神薄弱、ヒステリー、冷感症、性倒錯と判断されている。患者の7割は40代の女性だ。相手が自分に惚れていると思い込む「純粋色情狂」と、恋愛感情やストーカー行為がコントロールできない「精神自動症」の2類型に分類できる。
アメリカの精神科医ドリーン・オライオンの『エロトマニア妄想症 女性精神科医のストーカー体験』(朝日新聞社)によれば、エロトマニアの妄想に取り憑かれた者が求めるのは、愛する相手との肉体的な結合ではなく、ロマンティックで精神的な一体感だ。
妄想は執拗で何年も続く。別の対象を見つけない限り終わらない。ストーカーは精神分裂症などを抱えているため、強制的な解離、禁止命令、収監などの法的介入が必要になる。抗精神病薬のメジャートランキライザーを投与すれば、恋愛妄想やつきまとい行為が改善される場合もある。
さらに、司法精神科医リード・メロイは、相手もいつかは愛に応えてくれるという過剰な理想を持つ人を「ボーダーライン・エロトマニア型妄想性障害」と呼んでいる。この精神障害は、妄想に取り憑かれたエロトマニアと違い、相手と接触して初めて異常な執着を持つようになるため、ストーカー行為に走るリスクが極めて高い。最近増えているストーカー犯罪は、この妄想性障害が多いかもしれない。
「クレランボー症候群」の恐ろしさ
もっとも、大谷選手の追っかけ女性がこの「クレランボー症候群」かどうかは、わからない。しかし、「相手が自分に好意を抱いているという妄想に耽る」「社会的地位や階級の高いと人物と結びつきたいと渇望する」「患者の7割は40代の女性」などの共通項は見過ごせないだろう。
球団側には慎重な対応が求められそうだが、ところで、毛皮、シルク、ビロード、サテンの熱烈コレクターだったクレランボー先生は、実は自身も、クレランボー症候群だったフシがある。自分の論文を盗作されたと知るや、いきなりキレて決闘に及ぶほどの短気者で、恋のサヤ当てやスキャンダルも数知れない伊達男だった。
そして、1934年11月16日午後1時すぎ、支離滅裂な走り書きの手紙と遺書を書き終える。「私は終わってしまった人間だ!」と叫び、やにわに銃を口にくわえた。熱血漢精神科医、62歳の無残な最期だった。
(文=佐藤博、編集部)
※本稿は、「ヘルスプレス」(http://healthpress.jp/)に掲載された連載記事「病名だけが知っている脳科学の謎と不思議」に、当サイト編集部が加筆・修正したものです。
*参考文献/『アルツハイマーはなぜアルツハイマーになったのか 病名になった人々の物語』(ダウエ・ドラーイスマ/講談社)など
●佐藤博
大阪生まれ・育ちのジャーナリスト、プランナー、コピーライター、ルポライター、コラムニスト、翻訳者。同志社大学法学部法律学科卒業後、広告エージェンシー、広告企画プロダクションに勤務。1983年にダジュール・コーポレーションを設立。マーケティング・広告・出版・編集・広報に軸足をおき、起業家、経営者、各界の著名人、市井の市民をインタビューしながら、全国で取材活動中。医療従事者、セラピストなどの取材、エビデンスに基づいたデータ・学術論文の調査・研究・翻訳にも積極的に携わっている。