ウナギ店やラーメン店、煮込み料理店などのなかには、創業当時から継ぎ足して使っているような“秘伝”のタレやスープをウリにしている老舗が存在する。そこに歴史や伝統の重みが感じられ、客からすれば「さぞかし味も上等なのだろう」と期待が膨らみそうである。
しかし、違う見方をしてみると、その“期待”は“食の安全性”への疑問に変わるかもしれない。
タレやスープを継ぎ足す過程で、古い成分がだんだん蓄積し、腐敗してしまうことはないのだろうか。また、それらの成分がカビや細菌の繁殖を招き、食中毒を引き起こすなどの危険はないのだろうか。
そこで食品衛生上の観点から判断すべく、株式会社食品微生物センター代表取締役の山口憲太氏に話を聞いた。
タレやスープの腐敗を防ぐための条件は2つ
「結論からいうと、基本的にはタレやスープを継ぎ足して使っても問題ありません。ただし、次の2つの条件を満たしているときに限ります。
1つ目の条件は、タレやスープ自体の味が濃いかどうか。代表的な保存食品として、砂糖漬けや塩漬けなどが知られていますが、これらが日持ちするのは糖分や塩分の濃度が高いおかげなのです。継ぎ足して使われるようなタレやスープの場合、たいていは濃い目の味つけになっているでしょうから、砂糖漬けや塩漬け同様、傷みにくいと考えられます」(山口氏)
糖分や塩分によって食品の水分活性が下がり、細菌の繁殖が抑えられるため、味が濃い食品は腐りにくいのだという。秘伝のタレやスープと呼ばれるものは、この条件を自然とクリアしやすいのだろう。
「そして2つ目の条件は、継ぎ足しの頻度が高いこと。要はお店がよく回転しているか、そのタレやスープを用いた商品がどれだけ多く出ているかが問題になります。
たとえばウナギなら、ハケにタレをつけるタイミングで容器のなかをかき回しますので、このときに新旧のタレが混ざり合えば、古い成分が残り続けてしまうことはありません。とはいえ、お店が回転することによって元々のタレやスープが減っていかないと、新しく継ぎ足す余地もないでしょう。最低でも毎日のように継ぎ足しを行わなければ、腐敗を防ぐのは難しいでしょう」(同)
なお、タレやスープを腐らせない方法としては、ほかにも加熱による殺菌が思い浮かぶが、どうなのだろうか。
「加熱に関しては、明確に温度を管理しているのであれば高い殺菌効果が得られます。しかし、実際そこまで徹底しているお店は少ないと思われますので、先述した2つの条件に比べて重要度は低いでしょう」(同)
つまり、「味の濃度」と「継ぎ足しの頻度」という2つの条件さえ満たしていれば、タレやスープが腐敗したり、人体に健康上の悪影響を与えたりする可能性はほぼなくなるということだ。逆に加熱処理だけ施していても、継ぎ足して使うという特殊な状況下では、安全性が絶対に確保されているとはいえないのである。
継ぎ足し年数を重ねるほど味が良くなる可能性も?
タレやスープの継ぎ足し行為そのものには、特に問題がないということがわかった。それでは、山口氏の挙げた2つの条件を満たしていても、継ぎ足し年数が長くなるに連れて何かトラブルが起こる可能性はあるのだろうか。
「可能性の話でいえばリスクがゼロとは言い切れませんが、毎日継ぎ足していれば1カ月から2カ月ほどでタレやスープはすべて入れ替わりますから、先ほど説明したように古い成分は残りません。したがって、継ぎ足し年数が長ければ長いほど危険性が高まるということはないはずです。
ただ、タレやスープを管理する環境下に、それらを腐らせてしまうような菌が潜んでいた際にはもちろんリスクがあります。たとえば、タレやスープを保存する容器のフタが木でできていた場合、湿度の高さや経年劣化によってカビが発生し、中身にも影響を及ぼしてしまうかもしれません。
もっとも、これはお店の衛生管理レベルの問題ですので、やはり継ぎ足し年数の長さだけで危険性の有無を語ることはできないと思われます。あくまで私の個人的な感覚ですが、老舗や、しっかり修行を積んでいるような料理人のかたほど、衛生管理にシビアだという印象です。
ちなみに、継ぎ足したウナギのタレやラーメンのスープを比べ、どちらのほうがより安全か、危険かという食品ごとの相性を気にされるかたもいるかもしれませんが、先に挙げた2つの条件が整っていたなら差は出ないでしょう」(同)
最後に、長年継ぎ足しを行うことによって、タレやスープの味は変化するのかどうかを尋ねた。
「時間の経過により、タレやスープ内のアミノ酸の量、つまりは旨味成分が増えることはあります。また、ウナギや焼き鳥のように直接タレにつける食品であれば、それらのエキスがタレのなかに溶け出すため、継ぎ足しによって味が良くなるということは充分に考えられるのです」(同)
タレやスープを継ぎ足して使っていたとしても、2つの条件をクリアしつつ、丹念に衛生管理していれば問題はない。むしろ、長期的な継ぎ足しには味を改善する効果が見込めるというのだから、秘伝のタレやスープが名店のステータスとされるのは納得のいくところである。
(文=小林倫太郎/A4studio)