サバの缶詰が売れています。東京都内のあるスーパーマーケットでは、サバ缶の売り上げが前年同期と比べて約2.2倍になったようです。また、魚の缶詰の年間生産量でも、今まで一番人気だったツナ缶を、サバ缶が逆転したとのニュースが報じられたほど、ブームとなっています。
サバ缶には、「体に良い油」として注目されるオメガ3脂肪酸のDHA(ドコサヘキサエン酸)とEPA(イコサペンタエン酸)が豊富に含まれています。あるテレビ番組で、タレントの辺見マリさんがサバの水煮缶を利用したダイエットで、1年間に17キログラムの減量に成功したと発表した直後には、一時品薄となりました。
さらに別の効能とし、EPAには中性脂肪や動脈硬化の原因となる悪玉コレステロールを減らす働きがあり、それが心筋梗塞や脳梗塞などの予防になること。また、血管と赤血球を柔軟に保つ血流改善効果は、体の隅々にある毛細血管に栄養や酸素を届けて新陳代謝を活発にすることで、美肌や疲労回復、持久力向上につながるため、サッカー日本代表の食事も魚食がメインになっています。
DHAには、神経の情報伝達をスムーズにする効果があるため、記憶力向上や認知症予防が期待できます。
こうしたEPAやDHAの働きは、栄養素でありながら医療用製剤としても活用されています。それぞれエパデール、ロトリガの名前で処方薬になっており、医学的にもその効能は証明されているのです。
こうした、サバ缶に多く含まれるDHA、EPAの優れた効能は、テレビや新聞などのメディアでもたびたび取り上げられているため、売れ行きに拍車がかかり、最近では原料のサバの調達が困難になり、生産中止や値上げなどを招く事態となっています。
さまざまなメリットが明らかになり脚光を浴びているわけですが、そもそもDHAもEPAも体内で合成できないため、必ず食事から摂らなければならない「必須脂肪酸」なのです。しかし、魚離れが著しい現代人の食生活では、すべての世代で摂取不足となっているので、このサバ缶ブームは、DHA、EPAの摂取不足解消に歓迎される現象ともいえます。
必須脂肪酸は摂取バランスが命
必須脂肪酸は、大きく次の2種類に分けられます。
・オメガ3脂肪酸:主に、アルファリノレン酸、DHA、EPA
・オメガ6脂肪酸:主に、リノール酸
この2種の必須脂肪酸は、分子構造でわずかな違いがあるだけなのに、働きは正反対といってもよく、そのため人間が健康でいるためには摂取バランスを整える必要があり、オメガ6脂肪酸とオメガ3脂肪酸の割合は、4:1がひとつの基準となっています(『日本人の食事摂取基準』厚生労働省より)
しかし、現代人はリノール酸の摂取過剰とオメガ3脂肪酸の摂取不足で、摂取バランスが崩れており、それが種々の病気や症状の原因となっています。必須脂肪酸バランスの崩れが原因で起こるとされる病気・症状は、下記のように多岐にわたります。
なぜ必須脂肪酸バランスが崩れてしまうのか?
リノール酸は野菜や豆類、肉類など、ほぼすべての食材に含まれています。1日当たりの必須量は約2グラムと少量なので、“普通の食事”で不足することはなく、個人差はありますが8〜20グラム以上の摂取が実情です。これは現代人の“普通の食事”に、唐揚げ、とんかつ、天ぷら、肉野菜炒め、マヨネーズ、スナック菓子、カップ麺など、植物油を使った食品が多く、これらの食品に使われる植物油は多量のリノール酸を含有しており、現代人は「普通の食事」をしているだけでリノール酸の過剰摂取になってしまうのです。
一方のオメガ3脂肪酸の必須量も2グラムですが、野菜など一般的な食材に含まれる量はごくわずかで、なかなか2グラムには届きません。アマニ油やエゴマ油など、アルファリノレン酸の多いオメガ3系のオイルはまだまだ一般的ではなく、DHA、EPAの多い魚も摂取量が減り続けており、オメガ3脂肪酸不足になってしまうのが現状です。
つまり、現代人はごく“普通の食事”をしているだけで、リノール酸過剰状態になり上の表に挙げた病気や症状を引き起こしているのです。これを専門家は「リノール酸過剰症」と呼んでいます。
メディアの報じないリノール酸過剰症
リノール酸は、少量であれば生命維持に欠かせない大切な栄養素ですが、過剰摂取すると、病気や不快症状を起こしやすい炎症体質にしてしまう、やっかいな脂肪酸です。
一方のオメガ3脂肪酸は、リノール酸に拮抗して、病気や不快症状を防ぐ消炎体質にしてくれる、いわば“善玉脂肪酸”なのです。
現代人は、善玉のオメガ3脂肪酸を摂取すると共に、意識してリノール酸の多いサラダ油や加工食品を減らさない限り、リノール酸過剰になってしまうので、現代人の食生活を考えれば、ほとんどの人が病気になりやすい炎症体質のリノール酸過剰症といえるのです。
上記表に記した病気や症状に当てはまる人は多いと思われます。
問題なのは、このリノール酸過剰症をメディアが報じないことです。DHA、EPAが豊富なサバ缶を食べることはとても良いことですが、肝心なのは過剰摂取のリノール酸を減らして必須脂肪酸バランスを整えることです。そのためには、サラダ油やキャノーラ油、ごま油といったリノール酸の多い油や、マヨネーズを控えることが必要なのですが、このような事実については、テレビや新聞などのメディアは報じません。それらを製造販売する油脂メーカーや、それを原料にスナック菓子やカップ麺など加工食品を作る食品メーカーは、メディアの大スポンサーであるため、スポンサーの不利益な情報を報じることは困難であるという事情が働いているのかもしれません。
今、ブームとなっている魚缶はサバだけのようですが、イワシやサンマもDHA、EPAは豊富です。これらの缶詰も上手に利用して、不足しがちなDHA、EPAを摂るとともに、リノール酸過剰摂取による害を避けるために、必須脂肪酸バランスを整えることが重要です。
このサバ缶ブームが、筆者がかねて提唱している悪い油(リノール酸の多い油)を極力少なくし、良い油(アマニ油、えごま油、魚油)を少量摂って、病気に強い消炎系へと体質改善する「少油生活」に切り替える良いきっかけになってほしいと願うばかりです。
(文=林裕之/植物油研究家、林葉子/知食料理研究家)
・参考図書
『オリーブオイル・サラダ油は今すぐやめなさい!』(著:奥山治美、刊:綜合図書)
『本当は危ない植物油 -その毒性と環境ホルモン作用-』(著:奥山治美、刊:角川oneテーマ21)
『サラダ油が脳を殺す -「錆び」から身体を守る-』(著:山嶋哲盛、刊:河出書房新社)