ヨーロッパ王室と音楽
ところで、ヨーロッパの王室に深くかかわりのある楽器をご存じでしょうか。それは、意外に思われるかもしれませんが、実はジャズでも大活躍の「トランペット」なのです。特に中世では、王様が入場する場合にのみ演奏が許されていた国があったくらい、トランペットが王室の権威を表す特別な楽器だったことは確かです。そんな役割もあり、当時のトランペット奏者は演奏上の失敗は決して許されなかったようです。そのため、エリートばかりでプライドもとても高かったそうです。
その後の作曲家たちも、トランペットの特別性をしっかりと認識していました。たとえば、19世紀の作曲家・チャイコフスキーのバレエ『白鳥の湖』の1幕と3幕は、トランペットをはじめとした金管楽器を多用して、宮廷の場面を表現しています。ヨーロッパの人々は、トランペットの音色を聴くと王侯を連想するのです。ちなみに、第3幕は王子の嫁探しの場面で、各国の王女や貴族の娘が次々に登場するのですが、必ずトランペットがファンファーレを演奏します。バレエはセリフがないので、どんな身分の方なのか、衣装を見てもよくわからないことも多いのですが、トランペットが観客に“高貴な人物”であることを教えるわけです。
さて、ヘンデルの『王宮の花火の音楽』も、トランペットが主役の音楽です。ジョージ2世も、「弦楽器を使わずに、管楽器と打楽器だけの音楽を作曲せよ」と命じる念の入れ方でした。それほどトランペットが王室の楽器としてシンボル化されていたのです。
そういえば、英国のチャールズ皇太子とダイアナ妃の結婚式の際も、英国の作曲家・クラークのトランペット音楽が花嫁入場に使われ、英国王室の威厳と結婚式の華やかさを演出していました。
そんなトランペットを、独自の使い方をしたのがベートーヴェンとシューマンでした。ベートーヴェンはトランペットによって民主化思想を表し、シューマンは長い冬の後の“春”を表現しました。同じドイツ人ですが、自分にとって一番高貴で大切なものをトランペットで表したのです。それ以降、トランペットの表現の可能性は大きく広がり、ジャズ・トランペット奏者は、自分のソウルを一番大切な物として楽器を吹くわけです。
(文=篠崎靖男/指揮者)