毎日仕事に追われ、家庭では家事や育児に翻弄される……そんな日々を過ごしているうちに“キャパオーバー”になり、何も手につかなくなってしまった。そんな経験はないだろうか。特に新生活が始まる春先は、環境の変化がストレスになる季節でもある。
『キマジメさんの「いっぱいいっぱい」でしんどい!がラクになる セルフ・マインド・マネジメント』(ビジネス社)は、日々を真剣に生きる“生真面目な人(以下、キマジメさん)”に贈る実用書だ。
そこで今回は、同書の著者でカウンセラーの濱田恭子さんに、現代人がキャパオーバーになる仕組みや、その対処法について聞いた。
誰もがキャパオーバーになる2つの原因
濱田さんは「現代は誰もがキャパオーバーに陥る可能性がある」と話す。その原因となるのが「情報量の多さ」と「役割のマルチタスク」だ。
「総務省が発表した情報流通センサスのデータによると、人が受け取る情報の量は2006年の時点で1996年の“530倍”に達していたそうです。それから15年経った2022年は、スマホの普及やSNSの浸透などにより、接する情報の量はさらに増えています。その結果、便利さと引き換えに心が疲弊しやすくなっているのです」(濱田さん)
2つ目の「役割のマルチタスク」は、一人ひとりに求められる“社会的役割”が多様化していることを指す。かつて、男女の役割や求められるタスクは職場や家庭である程度分けられていたが、近年はその性差が小さくなってきている。
「令和の今、男性も積極的に家事や子育てをするし、結婚・出産後もキャリアを積む女性も多い。喜ばしい変化なのですが、役割に応じて頭を切り替える必要があり、常にマルチタスクで臨まなければならない状況です。大量の情報を目にして、多様な役割も担う。誰もが大変な時代ですが、特にきっちり仕事や家事をこなし、頼みごとを断れないキマジメさんは、キャパオーバーになりやすい状況といえます」(同)
同書には、自身の「いっぱいいっぱい度」を判定するチェックリストも掲載されている。まずは、現在の自分のキャパシティ(容量)を確認してみよう。
そして、キャパオーバー状態を放置していると、心身にさまざまなサインが表れるという。
「仕事面では『処理速度が下がった』『会社に行くとおなかが痛くなる』などの変化が起きます。私生活でも『眠れない』『イライラする』『食べ物の匂いや味がしなくなる』『疲れでじんましんが出る』といった症状が表れます。はじめは生活に困らない程度のサインですが、一定の不健康ラインを超えると体調を大きく崩したり、うつ病を発症したりして、休職を余儀なくされるケースも少なくないのです」(同)
濱田さんが接する相談者の多くは「まさか、自分がうつ病になるなんて」と話すという。必死に働き、私生活も完璧にこなす……がんばった末に体を壊しては、元も子もない。「自分は大丈夫」と思っている人ほど注意が必要なのだ。
脳の容量を空ける方法とは?
そもそも、なにゆえ私たちはキャパオーバーになってしまうのだろうか。
「人間の意識構造はパソコンとよく似ています。ウェブページやアプリをたくさん開いたまま作業したり、画像や映像など容量が大きいファイルを大量に保存したりすると、パソコンはフリーズしてしまいますよね。人間も同じで、大量のタスクをこなし、多くの情報をダウンロードしていると、キャパシティを超えて“いっぱいいっぱい”になってしまうんです」(同)
その結果、前述のような不調のサインが表れて、うつ症状などのリスクが高まる。こうした状況を回避するには“脳の容量を空ける作業”が必要だという。
「脳の容量を空けるには、自分の感情と向き合わなければなりません。なぜなら、『感情』は最も容量が大きい情報だからです。心理学において人間の意識は、自分で認識できる『顕在意識』と、認識できない『潜在意識』に分けられます。潜在意識の中に抑圧された怒りや悲しみなどの感情が溜まると、脳の容量がいっぱいになり、仕事や生活に支障をきたしてしまうのです」(同)
濱田さんのもとに相談に訪れた営業職の男性(36歳)は、プレゼンで大失敗した過去を仕事中に何度も思い出してはイライラして、モチベーションも集中力も下がっていたという。感情の悪循環にはまっていたのだ。
「『仕事に感情を持ち込むべきではない』と考える人もいますが、人間を一台のパソコンと捉えれば、仕事と感情、記憶などさまざまなデータやシステムを簡単に切り分けるのは困難です。中でも容量が大きい“感情のファイル”は、適宜最適化してキャパシティを空ける必要があります」(同)
特に、他人に言われた心ない言葉や、仕事の失敗、理不尽な扱いなど、マイナスの感情を伴う記憶は、小さなきっかけで思い出しやすい。イヤな記憶を何度も反芻しているうちに、脳のキャパシティを感情が占領していくという。
「イヤな思い出に囚われたときは『感情分解ワーク』を行いましょう。感情には『第二感情』と『第一感情』があります。物事が起きたときに最初に生まれるのが『第一感情』で、次に生まれるのが『第二感情』です。たとえば第二感情は“怒り”などの認識できる感情で、第一感情は第二感情の内側に隠れている“期待・悔しさ・不安”などの感情です。実は、第一感情を認めることは自分の内側を素直にさらけ出さなければならず、「負けを認める」ような気持ちを伴います。そのため、多くの人にとって第一感情を自発的に認めるのは難しい行為です。
そこで、第一感情と第二感情を認識するために、ネガティブな感情を2つに分解していきます。まずは紙とペンを用意して大きな円を描き、その内側に一回り小さな円を描いてみてください。大きな円は『第二感情』、小さな円は『第一感情』です。外側の円に『イラッとした出来事』の詳細を書き、内側の円には、その出来事に対して感じた『自分の気持ち(第一感情)』を思いつくだけ書いていきます。さらに、自分の第一感情に対して自分がどう感じたのかを追記すれば、感情分解ワークの完成です」(同)
第一・第二感情を書き出すと、自分の感情を可視化することが可能だ。隠れていた第一感情に気づくことで、膨れ上がった第二感情がしぼんでいき、容量に空きができるそう。この「感情分解」が習慣化できれば、感情の占める割合を減らせるようになるという。
「頭の中のメモ」は不要な理由
その他、濱田さんが実践しているのは「頭の中にメモをしない」という方法。たとえば「シャンプーを買う」など、日常のささいなタスクも頭に記憶しないように心がけているという。
「私は、すべての予定やタスクをグーグルカレンダーに入力しています。1時間ごとにグーグルカレンダーを確認するという作業を覚えているので、その他の雑多な頭の中のメモは不要です。シャンプーを買うなど『カレンダーに書くまでもない』と思う用事も書いておくと、脳のキャパシティ確保につながりますよ」(同)
そして、濱田さんは「キマジメさん本人だけでなく、より多くの人にセルフ・マインド・マネジメントの知識を身につけてほしい」と語る。
「キャパオーバーした人は、脳に新しい情報が入らなくなります。すると、ミスを繰り返したり、人のアドバイスに耳を傾けなかったり、周囲にもわかる形でサインが表れるんです。キマジメさんがキャパオーバーになる仕組みを職場の人や家族も理解していれば、仕事を分担したり、愚痴を聞いたり、適切なケアができるようになります。たくさんの人が知識を身につけることは、自分のためであり、会社、ひいては社会のためになるはずです」
キマジメさんの“心”を守るセルフ・マインド・マネジメント。同書は、ストレス社会を生きる人々にとって必携の一冊になるだろう。
(文=真島加代/清談社)
●濱田恭子:一般社団法人日本マインドワーク協会代表理事。臨床心理士の母の仕事の影響で、心理学の専門書が身近にある幼少期を過ごす。大学では児童心理学を学び、23歳でスクール事業を立ち上げる。カウンセリングやセミナーのキャリアは17年以上、現在は「視点が変わると人生が変わる」をテーマに、心理学とコーチングに基づいた行動変容型プログラムのセミナー、セッションなどを精力的に開催している。
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