国産初の新型コロナ感染症治療薬となる塩野義製薬の「ゾコーバ」が11月22日、緊急承認された。
ゾコーバの服用は、12歳以上で重症化リスク因子がない軽症~中等症の患者が対象である。1日目は375mg、2日目から5日目は125mgを、1日1回投与する。その効果は、コロナウイルス感染症による代表的な5つの症状(鼻水または鼻づまり、喉の痛み、咳の呼吸器症状、熱っぽさまたは発熱、倦怠感)が、約8日続くところが約7日へと、1日症状が短くなるというものである。
しかし、服用してはいけない禁忌がある。具体的には、高血圧・高脂血症の治療薬など36種類の併用禁忌(一緒に服用してはいけない)、妊婦および妊娠している可能性がある女性への投与も禁忌である。重症化予防効果も確認されていない。
長引くコロナとの戦いにおいて、大きなゲームチェンジャーになるかとの期待がある一方で、緊急承認での審議の内容に懐疑的意見もある。新型コロナウイルス感染症の多くの患者は軽症であり、一般的な風邪に使用される医薬品で治療が行われ、回復しているのが現状である。果たして、高価なゾコーバを緊急承認する必要はあったのだろうか。感染症学のプロフェッショナル、神戸大学感染症内科の岩田健太郎教授は次のように話す。
「緊急承認としての妥当性は、ないと思います。緊急承認とは、新型コロナウイルスという国家の未曾有の異常事態に対して、緊急性を要するから承認するものと言えると思います。ところが、ゾコーバに関していえば、『国民の命を守る』『医療逼迫を改善する』といった効果をもたらすものではなく、新型コロナ感染症の回復に8日を要するところ1日早くするというだけの効果では、緊急承認である必要はなく、一般的な医薬品の審査承認プロセスでもよかったのではと思っています。まして関連学会の会長が『急いで承認せよ』というアピールをするなど論外だと思います」(岩田教授)
また、地域医療に従事する竹内内科小児科医院院長の五藤良将医師は、ゾコーバについて次のように話す。
「コロナ禍になってから3年が経過しようとしていて、『コロナは風邪でしょ』と言う人々すらいます。真偽のほどは、まだ現時点では断言はできませんが、3年という長い時間の経過ともに、ワクチンやマスクなどの感染対策により、ある程度対処できるようになっていることも事実です。数日の発熱と咽頭痛、咳のみですぐに症状が軽快している患者さんもたくさんいました」(五藤医師)
また、五藤医師は、ゾコーバの使用には慎重を期すべき注意点があると話す。
「ゾコーバの副作用としては、有意のあるものはHDLコレステロール低下(16.6%)くらいであり、現時点では重大な副作用はなさそうですが、今後、服用する人が増えれば新たな副作用が報告される可能性もあります。
注意すべきは、ゾコーバは非常に多くの薬剤が『併用禁忌』等となっている点であり、投与前に『すべての服用薬剤』を把握する必要があります。
このゾコーバは高血圧や高コレステロール血症、心不全、睡眠導入剤など、一般的な治療薬に対しても併用禁忌となっており、処方する医師はそのチェックの負担が大きいと考えられます。ゾコーバは発症後72時間以内の緊急処方ではあるものの、初診で患者さん自身が『お薬手帳』を持参してなかったり自己把握していなかったりする場合、処方は避けるべきだと思います」(五藤医師)
五藤医師は、コロナの感染拡大第一波から積極的に新型コロナウイルス感染患者の治療に当たっており、新型コロナウイルス感染症の治療薬の登場を強く願う一人である。そんな五藤医師でさえ、ゾコーバの承認には懐疑的な意見を持っている。
「ファイザーやモデルナなど海外のワクチン、ラゲブリオなど海外の治療薬が世界中で承認・使用される一方、国産のワクチンや治療薬は治験段階には入るものの有意な効果を示せずに、さまざまな候補薬が見送られてきました。国産に対する期待はとても強く、今回の緊急承認のバイアスになったかもしれないと感じます。
しかし、薬は両刃の剣であり、その処方にあたっては、使うことによる患者利益・社会利益が、不利益を明らかに上回ることが処方基準になります。少なくとも、承認されて間もないゾコーバは、その患者利益・社会利益が不利益を明らかに上回るようには感じられません。現時点では急いで目の前の患者さんに処方することは考えていませんが、市販後に有効性などのデータが明らかになった段階で再検討したいと思います」(五藤医師)
現場の医師もゾコーバの承認にはなんらかのバイアスがあったのではと感じているように、承認までのプロセスで首を傾げたくなるようなことが起きている。
承認前に国は100万人分のゾコーバ購入契約
ゾコーバの審査を行っている最中に、国は塩野義と100万人分のゾコーバの購入契約を結んでいる。
「専門家会議を行う前に、役人が各自治体にゾコーバの供給について説明を行っています。要するに、官僚側が『承認するという前提』で動き出していたことに出来レース感は否めないと思います。また、専門家会議は本当に必要だったのか、本当は裏で根回しがされていて、島田先生以外の専門家は、承認しますよという動きになっていたのかと勘ぐることもできます」(岩田教授)
岩田医師が語る島田先生とは、薬事・食品衛生審議会 医薬品第二部会委員の一人である山梨大学学長の島田眞路医師である。2022年7月20日開催の薬事・食品衛生審議会医薬品第二部会議事録のなかで島田医師は、審議会の参考人として選ばれた感染症専門医3人のうち2人が、塩野義製薬と利益相反の関係にあることを指摘している。
島田医師の発言の通り、日本感染症学会理事長、東京大学医科学研究所附属先端医療研究センター教授四柳宏医師と国立がん研究センター中央病院感染症部長の岩田敏医師は、公表されているだけでも塩野義から以下の通り謝礼を受けている。
【2021年】
四柳宏医師
講師謝金 10万3120円、10万2089円
コンサルティング等業務委託費 10万210円
合計 30万5429円
岩田敏医師
講師謝金 10万3120円
コンサルティング等業務委託費 5万円
合計 15万3120円
【2020年】
四柳宏医師
講師謝金 10万3120円
岩田敏医師
講師謝金 10万3120円
コンサルティング等業務委託費 2万624円
合計 12万3744円
また、四柳宏医師は、会長を務める日本感染症学会にも塩野義製薬から「学会等共催費」などの名目で多額の寄付を受けており、その額は2020年、2021年の2年間で1667万9856円にも上る。こうした利益相反があるなかで、審議会に参考人として選ばれるのはいかがなものだろう。
「ゾコーバの薬価は、まだ知りませんが(公表されていない)、ラゲブリオは5日間の治療で9万円以上。今は、コロナ対策ということで、税金から支払われているため無料で国民に供給されています。そこで思い出されるのが、コロナが感染症法の2類か5類かとの話題です。
多くの人は、5類にしてコロナを一般診療に組み込んでもいいのではないかという意見でしたが、岸田政権は2類相当、新型インフルエンザなどの感染症扱いとしました。これに関して、ゾコーバを無料で配るための方便だったのではと勘ぐることもできるわけです。もちろん仮説なので検証しないといけませんが、怪しさが拭えないと感じます」(岩田教授)
仮に薬価がラゲブリオのように高価だった場合、5類相当にすると患者の窓口負担は3割としても数万円になる。たった1日早く治るだけの薬に数万円支払うことに、多くの人は納得しないだろう。だが、国が購入することで塩野義の利益は担保されることになる。
ゾコーバよりワクチンが有効
「現在のコロナ感染症のように軽い風邪程度の病気が、もう少し軽い風邪になるというゾコーバに、これだけのエネルギーを使って国や官僚が全力を尽くして供給態勢をつくったことによって、これまで軽症で『自宅療養でいいですよ』と言われていた患者さんが外来に殺到するようなことが起きれば、医療崩壊を防ぐ観点からすると、むしろ逆効果ではないかと思います。また、そのためにかかるコストを、ほかのことに使ってほしかったなと思うので、費用対効果の観点から言うと、かなり稚拙で、ほかのところにエネルギーを使うべきだと思います。
個人的には、コロナウイルス感染症の『重症化を減らす』という、意味のあるアウトカムが得られるように注視すべきで、重症化を防ぐ効果が認められているパキロビットをもっと簡単に出せるように、アメリカのように薬剤師が処方できるようにするなどの方法を取るべきだと感じています」(岩田教授)
また、岩田教授は、ゾコーバの承認よりもワクチンの供給拡大が重要だと話す。
「現在、ワクチン接種が滞っていますが、より効果があるとわかっていることにエネルギーを使ってほしかったと思います。ワクチンは、発症を防ぐために効果的であり、推奨すべきと思いますが、ワクチンには当然リスクもありますので、現在の予防接種法の理念から考えると義務化できることではないので、最終的には自己決定ということになります」(岩田教授)
ワクチンの副作用は防げるもの
現在、新型コロナワクチンは第5回接種まで進んでいるが、ワクチン接種後の死亡例も報告され、ワクチン反対派がその主張を強めている。
「副反応については、予防接種のさだめみたいなもので、昔からある議論です。当然、何百万、何千万本という数のワクチンを打っていけば起きる可能性があります。例えば、神奈川県でワクチン接種後に亡くなった方は105人と公表されていますが、1年間にお亡くなりになっている方は何万人もいて(R3データ:9万532人)、毎日250人程度の方が亡くなっていることになります。
そういう文脈のなかで、ワクチン接種後に一定数の方が亡くなることは予測できます。むしろ、ないほうがおかしい。そういったなかで、ワクチン接種から15分くらいの間に呼吸が苦しくなり、血圧が下がり急にお亡くなりになるという事例は、100万回に1回ほどは起きると思います。これは、いわゆるアナフィラキシーで、そうならないために接種後の経過観察があり、アドレナリンを供給できるように態勢をとっていたはずです。しかし、アナフィラキシーでお亡くなりになった方がでてしまい、ワクチンの信頼性を損ねる結果となり、これはあってはいけないことだと思います。
ワクチンには効果と副作用の二面性があり、予想される重大な副作用はアナフィラキシーであり、これに対応できるべきで、逆に対応できないのであればワクチンを供給してはいけないという基本に立ち戻る必要があります。
一方で、ワクチン供給が増えれば増えるほど、その後にお亡くなりになる人は一定の割合で起きることは当然で、確率論的に必ず起きます。ワクチン接種後の死亡者数のみを報道し、『ワクチンは怖い』と印象づける報道はつまらないと思います」(岩田教授)
withコロナをどう生きるべきか
「非常に残念なことですが、現段階では新型コロナウイルスを地上から根絶することはあり得ないと思います。最初の年に全力を尽くせば、抑え込みを目指すこともできたと思いますが、各国の協調が取れず、エゴを剥き出しにした結果、対策を取る国と取れない国の格差が大きくなり、感染性の強い変異株もできてしまい、対策に時間がかかりました。その結果、皆が疲れ切ってしまい、新型コロナウイルスと共存していくしかなくなったのが現状です。
共存の仕方は、いろいろです。例えば、アメリカでは、コロナの総死亡者数が110万人。これを悲惨な状態ととるか、仕方がないととるかは、価値観の問題です。アメリカでは、『コロナとの戦いは終わった』と大統領も言っていますし、日常生活を戻すと言うことで、今もコロナによる死亡者数はアメリカでは増え続けています。今後、日本国民がどう捉えるかだと思います。これはトレードオフの関係なので、“楽しい日常生活”を取り戻せば、失うものが出てきます。そこに合意が必要ということになります」(岩田教授)
コロナとの共存を受け入れれば、当然ながら感染リスクが高くなると考えられ、国はそういった状況を想定し、備えるべき責任があるだろう。
「日常生活を取り戻せば当然、院内感染なども増えますが、医療というセクターを保持するためには、補助やリソースを国が政策として考えるべきだと思います。また、リソースは限りがあるため、他の感染症対策が疎かになることや、がん患者が治療の機会を失うことなどがあると思います。これもトレードオフの関係です。しかし、多くの人は、自分が当事者となった時にトレードオフを受け入れない傾向にあり、さまざまな不満も出てくるでしょう」(岩田教授)
コロナとの戦いが長期化するに伴い、我々人間のエゴが剥き出しになる場面も多くあったが、感染症医としてコロナとの戦いに疲弊を感じるときはないのだろうか。
「僕は、感染症との戦いは、こういうものだと感じています。HIVと戦っていた時もこんな感じでした。僕は、感染症対策は、半分は人間対策だと感じています。逆に、人間を抜きにして感染症を語ることはできません」(岩田教授)
ゾコーバの誕生によって、コロナとの戦いが我々人間に優勢になるとは考えにくいようだ。すでに医療機関ではゾコーバの処方が始まっているが、その服用に不安を感じる人も少なくないだろう。
「医師には処方権はありますが、服用を命令する権利はありません。また、処方に関しても患者さんは、ゾコーバに限らず全ての薬や手術についても拒否する権利があります」(岩田教授)
果たして読者諸氏は、ゾコーバの処方を受け入れるのだろうか。
(文=吉澤恵理/薬剤師、医療ジャーナリスト)