東芝の株式を購入した人の多くは、有価証券報告書の内容を前提としているわけで、この前提が違っていたのなら、違った投資行動を取った可能性がある。すでにアメリカにおいては、東芝に対し訴訟が提起された。日本においても、「東芝事件株主弁護団」が結成され、年内にも第1次の集団訴訟を起こす方針だという。では、東芝の株主が損害賠償請求訴訟を提起した場合、勝つ見込みはどの程度あるのだろうか。
有価証券報告書の虚偽記載事案に詳しい藤武寛之弁護士は、「勝てる可能性は非常に高い」と言う。
それは、金融商品取引法21条の2という条文の存在に理由があるようだ。この条文は、「上場会社が有価証券報告書等に虚偽記載をしたことにより株価が下落した場合、株主がその下落分の損害を請求できる」と規定しており、まさに今回の状況を想定した内容となっている。しかも、今回問題となっている東芝の有価証券報告書は、昨年改正される前の金融商品取引法が適用されるため、「無過失責任の法理」(過失がなくても損害賠償責任を負うという原則)が適用される。つまり、東芝側は過失がなかったなどと主張して争うことができないのだ。
さらに藤武弁護士は、「本件のような、いわゆる不法行為に基づく損害賠償請求訴訟の場合、通常は虚偽記載の内容が大きな争いとなるはずです。しかし、東芝側はこの点について争ってこないでしょう」とも指摘する。どういうことなのだろうか。
「一般的に、訴訟の原告にとって最も証明が難しいのは、このような会計に関する問題を含む虚偽記載の内容や影響額です。しかし、東芝側は自ら第三者委員会を立ち上げて不適切会計問題についての事実関係を調査し、今後はその結果に基づいて過年度の決算について訂正手続きを行うことになっています。この点については東芝側がすべて調査し、内容を確定してくれます」(同)
どの程度まで損害は認められる?
では訴訟に勝った場合、どの程度の損害賠償を得ることができるのか。実際に得られる金額は、厳密には株主の状況によって異なるようだ。ただ、金融商品取引法21条の2に基づく訴訟では、「東芝の有価証券報告書の虚偽記載を事前に知っていたら東芝の株式を購入しなかったから、購入したすべての金額分の損害を被った」として、株式の取得自体を損害であると主張する方法(取得自体損害)が、最初の選択肢になるという。
この場合、
・(虚偽記載公表直前の株価×保有株式数)-処分した金額
が基本の損害額となる。また、保有している場合は
・(虚偽記載公表直前の株価×保有株式数)-訴訟終結時の評価額
となる。
「具体的には、東芝が最初に不適切会計問題の発表を行った今年4月3日の前日(4月2日)の終値512.6円が基準になると主張していくことになるでしょう。つまり、株主が東芝問題を受けて、512.6円を下回る金額で株式を処分した場合には、その差額が基本の損害賠償額になります。一方、東芝株式をまだ保有している場合でも訴訟は提起できますが、訴訟が終結した際の株価が現時点では不明のため、今後東芝株価が512.6円を上回った場合には、損害は認められないことに注意が必要です」(同)
ただし、この取得自体損害はすべての株主に認められるわけではないという。これを裁判所が認めるためには、「虚偽記載を行うような会社の株式など、絶対に購入するわけがない」ということを原告が裁判上証明することが必要だ。個人から資金を預かっていて運用することを使命とする機関投資家であれば、投資家に対して損害を負わせないようにする義務を負っているため、「虚偽記載を行う会社の株など購入しない」ということを証明することは比較的容易になる。しかし、個人の場合はさまざまな投資方針があり得るため、証明は難しい。
「東芝問題を知った後、すぐに全株式を売却しているような場合には、取得自体に損害が認められる可能性は高いでしょう。しかし、問題の発覚後も、損害を薄めるために新たに株式を購入する、いわゆる『ナンピン買い』をしていると、どのような状況であっても東芝株を購入したことが推認できるため、取得自体に損害が認められない可能性が高くなってしまいます」(同)
ただ、こうした事実があっても損害を認めさせるルートが金融商品取引法によって用意されているという。同法には、最低限の損害額を認めさせる保険のような仕組み(損害推定)があり、これによって、株主の全敗という事態はほぼ考えられないようだ。「東芝株について自分がどういう状況にあるのかを含めて、一度専門家に相談してほしい」と藤武弁護士は語る。
そして、実際に訴訟を提起するメリットがあるかは、保有している株式数によることになる。ある程度の数の株式を保有していれば、弁護士費用や裁判費用を払ってもプラスが出る。勝訴の可能性が高い場合、着手金をなくして成功報酬のみで請け負ってくれる弁護士も少なくない。東芝が倒産することは考えにくいため、回収も困難とはならないだろう。有価証券報告書の虚偽記載は、投資家を欺く悪質な行為だ。訴訟を使って、個人株主が侵害された権利を回復する道筋は整っている。
(構成=関田真也/フリーライター・エディター)
【取材協力】
弁護士 藤武寛之
弁護士法人クレア法律事務所(東京弁護士会所属)。
金融法務を中心に企業に対する法的支援を行う。有価証券報告書の虚偽記載に基づく損害賠償請求訴訟では、機関投資家側の訴訟代理人も務める。