ビデオレンタルショップ「TSUTAYA」を運営するカルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)が、2013年から運営している佐賀県武雄市図書館が話題を呼んでいる。
スターバックスコーヒーや蔦屋書店を併設したリニューアル初年度は、来館者が92万人を記録。全国的にも注目され、その経済効果は20億円にも達したと報じられたが、一方で図書館業務を安易に民間委託することへの批判も少なからず巻き起こっていた。
そこへきて、同図書館の運営上CCCが選書して購入した図書の中に、なぜか『ラーメンマップ埼玉2』(ラーメン探検隊/幹書房)、『ウインドウズ98/95に強くなる』シリーズ(メディア・テック出版)、『公認会計士第2次試験2001』(TAC出版)など、出版年度が著しく古く資料価値が低いタイトルが数多く含まれていたことが市民の情報公開によって発覚。しかも、それらの古本の仕入れ先が同社と資本関係のある新古書店だったとなれば、「図書館を在庫処分に利用したのではないか?」との疑惑の声が渦巻くのも無理もない。市民団体が同図書館のCCCへの委託を推進した前市長を相手取って損害賠償を求める事件にまで発展しているのだ。
実態のわからない「顧問料」
実は、民間委託された図書館の不祥事は、武雄市だけでなく全国各地で頻発しており、その事例を詳しくみてみれば「民間企業に委託すれば、より安い費用でより充実したサービスが受けられる」との論理が、いかにノーテンキな話であるかがわかるのである。
「詳しい情報は直接、指定管理者に請求してください」
民間委託された公共図書館の運営実態を知るために昨年8月、東京都足立区に区立の図書館運営経費に関する情報公開を請求したところ、出てきたのは簡単な収支報告書だけ。そこで、さらに詳細な内訳の開示を請求したとき、区の情報公開担当者から、そう言われたのだった。
足立区では全国に先がけて2008年度から、中央図書館を除く区内15の区立図書館すべてについて、その運営を議会の議決を経て丸ごと民間企業に任せる指定管理者制度に移行した。そのため、各図書館の詳しい経理データに関しては、個々の施設の運営を担う民間企業=指定管理者に対して請求することとなった。
ところが、これが一筋縄ではいかないのである。
「その他/図書館新聞代会議費等」勘定の支出が他の区立図書館に比べて突出して多かった、ある図書館の指定管理者・T社に対し、過去2年におけるその部分の詳細な使途及び支出先について開示請求したのだが、区役所なら2週間以内に決定が出るのに、待てど暮らせど返事もなし。何度か催促して、請求から3カ月経過した11月になってようやく開示されたA4用紙1枚には、「その他支払い手数料」の内訳として、過去2年とも約200万円もの「顧問料」が計上されていた。
しかし、その200万円がいったい誰に、なんのために支払われた「顧問料」なのかは、一切記載されていない。特定の政治家に献金されたのか、コンサルタントに支払われたのか、それとも労務対策を依頼している顧問弁護士の報酬になったのかと、さまざまな疑念が沸く。
ちなみに、T社の前に同じ図書館を運営していた指定管理者B社の時代を調べると、同じ「その他支払い手数料」勘定の支出は、年間たったの4万8000円であった。
もちろんT社には、その支出先まで開示するよう再度請求を行ったが、この事業者はそれ以上の開示を完全拒否。区の情報公開担当部署に問い合わせると「開示するよう担当部署が指導はするが、法的な強制力はない」との回答だった。区から道路工事を受注した施工会社が、社内の情報を一般に開示する義務がないのと同じく、公の施設の運営を担う指定管理者は情報開示の法的義務はないというのだ。
市民の血税で運営されている公共施設に関する支出は、本来ならば1円単位まで支出内容が開示されてしかるべきだが、運営を丸ごと民間企業に委託する指定管理者制度を採用したとたん、そのような義務はなくなる。つまり、公金の使途がブラックボックス化してしまうわけで、市民はそんなデメリットがあることを知らされないまま、図書館をはじめとした公共施設が次々と民間企業の「儲けの道具」にされているのである。
創意工夫で来館者が増えれば損する?
公務を民間に委託すれば、民間企業の創意工夫によって低廉な費用でより充実したサービスを必ず実現できるという常識は、図書館に限っては当てはまらない。
というのも公共図書館は、図書館法によってほかの文化施設のように利用者から料金を徴収することが禁じられているため、いくらがんばって集客しても収入は1円も増えないからだ。一方で、来館者が増えれば、それだけ人件費などの経費負担は嵩む。
それでいて、より充実したサービスを提供して来館者が増えても、発注者である自治体からの委託費は変わらないのだから、へたに創意工夫すれば損することになりかねない。
施設そのものの運営経費は、自治体が担当しようが民間が担当しようが大差ないはずだ。たとえば、民間に任せても施設運営にかかる電気代が半分にはならない。はたまた図書購入費が3割引されるわけでもない。
唯一大きく変わるのは人件費だけなのだが、そこでも大きな誤解がある。給与の高い公務員が行っていた業務を民間のスタッフに任せれば、それだけ人件費は大幅に抑えられるはずだが、話はそう単純ではない。図書館関係者が内情をこう明かす。
「私が勤めていた図書館には、区の幹部職員である館長を除けば、3つの身分がありました。まず、図書館運営の全般を担う、区に直接雇用された非常勤。次に『チーフ』と呼ばれる数人のスタッフで、こちらは民間請負会社の契約社員です。残りは、請負会社に雇用されて、カウンター業務を担っている主婦や若者たちのパート職員でした」
つまり、正規職員は館長ひとりだけ。あとはすべて非正規スタッフで賄っていたわけで、業務の一部を切り出して民間にアウトソーシングすることなど、とっくの昔に実施済みだったのである。
非正規労働者から搾取する指定管理者制度
施設の運営を丸ごと民間に任せる指定管理者制度は、公務サービスの一部委託をさらに進化させた「究極の民間委託」形態である。
足立区の場合、指定管理施設においては、館長ですら委託会社に雇用される1年ごとの契約スタッフだ。その下にいる数人のフルタイム勤務の契約社員が運営業務全般を司り、直接利用者と接するカウンター業務は、短時間勤務のパートタイマーをシフト勤務で回していく。これにより、役所の直営時代には常につきまとっていた、区の職員が請負会社の現場スタッフに直接指示命令を出す「偽装請負」の法律違反を犯す危険性は完全に解消されるうえ、人件費をさらに低く抑えることが可能になった。
それぞれの待遇について、図書館関係者がこう解説する。
「指定管理になると、館長ですら年収300万円前後。フルタイム職員はさらに安く250万円前後、パート職員に至ってはほぼ全員が年収103万円以下。パートは時給にすると最低賃金より数十円高いレベル。昇給は数年に一度あるかないか。もちろん賞与はナシ。それでいて、パートは希望しても週30時間以上シフトに入れてもらえませんので、社会保険には加入できません。最近は、パートの就労時間を1日4時間・週20時間未満に抑え、雇用保険にすら加入しない悪徳図書館もあります。一人前に稼ぎたい人は、ほかの仕事と掛け持ちするしかありません」
非正規スタッフの比率を極限まで高めることで、指定管理者は「利益」を捻出する仕組みだ。いわば「乾いた雑巾を絞る」ようにして利益を出すのだから、これぞまさしく「官製ワーキングプア」の見本のような苛酷な労働現場である。
(文=日向咲嗣/ジャーナリスト)