フーシ派によるサウジアラビアへのドローン攻撃は過去100回近く実施されたとされているが、今後収まるどころか、増えるばかりだろう。サウジアラビアがイエメンへの軍事介入を止めない限り、サウジアラビアの安全保障環境は悪化するばかりだが、なんら成果を挙げぬまま撤退するようなことになれば、4年半前に介入を決断したムハンマド皇太子の面子は丸つぶれである。
高まる地政学リスク
今回のドローン攻撃でサウジアラビアが失ったものは、原油生産ばかりではない。米CNBCによれば、サウジアラムコが被った被害額は310億ドルに上る。
重要なのはフーシ派がドローン攻撃を行った地域が「サウジアラビアの石油産業の中心地」(アブドラアジズ新エネルギー相)だったことである。ブルームバーグは「今回の攻撃はサウジアラビアの心臓発作を誘った」と報じているが、サウジアラビアへの心臓部への攻撃が続けば、サウジアラビアは突然死しかねない。
さらに「ビジョン2030」を掲げ脱石油依存型経済に邁進するムハンマド皇太子の夢が水泡に帰するリスクも生じている。
原油価格の下支えに向けたOPECプラスの協調減産のため、日量1200万バレルの生産能力を有しているサウジアラビアの実際の原油生産量は、日量1000万バレル弱に減少しているが、原油価格は一向に上がる気配を示さないことから、原油収入が大幅に落ち込み、サウジアラビアは今年再びマイナス成長となるリスクが高まっている(9月5日付ロイター)。
国家財政の「穴埋め」を行い、なんとしてでも経済成長への道筋に戻さなければならないムハンマド皇太子が当てにしていたのが、サウジアラムコの新規株式公開(IPO)の早期実施だった。ムハンマド皇太子は8日、IPOに消極的だったとされるファリハ氏の首をすげ替える荒療治を行ったばかりだったが、今回のドローン攻撃でIPOは振り出しに戻ってしまうだろう。
サウジアラビアの安全保障環境が改善されない限り、サウジアラムコのIPOばかりか、サウジアラビアへの外国投資も一層低調になるのは火を見るより明らかである。
ムハンマド皇太子に対する王族の非難が高まり、「宮廷クーデター」が勃発するなど地政学リスクが一気に高まるというシナリオも現実味を帯びてきた。市場関係者の間では「サウジリスクが長期化すれば、原油価格は1バレル=100ドルに高騰する」との声が出ている(9月14日付OILPRICE)。
世界経済を支える米国だが、過去5回の景気後退のうち4回(1973年、1980年、1990年、2008年)で直前に原油価格が急騰していた。このことを鑑みれば、サウジリスクにより原油価格が高騰すれば、先行き不安が強まり世界経済への大きな打撃になることは間違いない。
原油価格高騰を防止するため、米国政府は「戦略石油備蓄(SPR)」の放出準備に入ったが、原油輸入の4割をサウジアラビアに依存する日本も「国家石油備蓄」の放出の準備をただちに開始すべきではないだろうか。
(文=藤和彦/経済産業研究所上席研究員)