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柔道・世界選手権、なぜ突然「寝技で決まる」試合が急増したのか?

写真・文=粟野仁雄/ジャーナリスト
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柔術人気の影響

 立ち技が超一流でも寝技が苦手な場合、寝技に持ち込まれて仕留められてしまう危険がある。寝技に自信があれば、巴投げなどの捨て身技も思い切ってかけられる。

 今大会、男子66キロ級で阿部一二三がライバル丸山城志郎の捨て身技に敗れ東京五輪が危くなった。寝技が得意ならそのまま逆襲に転じて勝つ可能性があるが、「寝技は苦手」という一二三。妹の詩を見習うべきだろう。

 寝技でバルセロナ五輪の銀メダルを取った溝口紀子氏(日本女子体育大学教授)は「今の審判なら、私、絶対金メダルだったなあ」と笑う。寝技が多くなってきたことについて溝口氏は「実は柔術の人気が出てきている。柔道があまり立ち技に偏ると、寝技を取られてしまうという危機感もあるのです」と話す。

 ベストセラー『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』(新潮社)の著者で北海道大学柔道部出身の作家、増田俊也氏は、今回の世界選手権について「審判がかなり寝技を見ようとしている。東京五輪では寝技は増えるのではないか。ビロディド選手の足での抑え込みは以前は抑え込みにならなかった。まだだと思っていると抑え込みにされてしまう」と指摘する。

 日本選手の寝技の進歩について全柔連強化委員長の金野潤氏の存在を挙げる。「金野さんは日大などの現役時代、奇襲攻撃や、寝技を工夫して全日本選手権も制した。彼が強化委員長になったことが大きいのでは」とみる。増田氏によれば全柔連は格闘家のヒクソン・グレーシーとも戦った総合格闘家の中井祐樹(49)=ブラジリアン柔術連盟会長=を呼んで柔術を勉強させていた。「従来、日本の柔道はそうしたことが少なかったが、こうしたことで幅が広がってきている。特に女性選手の寝技の大きな進歩につながった」とみる。

「アメリカなどは今や柔道よりも柔術の人気がある。立ち技の多い柔道は道場が広くないとだめだが、柔術は狭くてもできる。また、柔術のユニフォームはピンクや花柄など自由で子供や女性にも人気があるんです」と増田氏は指摘する。

 戦前から戦後にかけて「不世出の柔道家」と呼ばれた木村政彦は、大外刈りなど立ち技もすごかったが、「腕がらみ」が武器だった。ロス五輪で優勝した山下泰裕(現JOC会長)も最後はエジプトのラシュワンを押さえ込んだ。ヘーシンクに敗れて以来、初めて無差別級を制した上村春樹(現講道館館長)も、決勝は英国選手を寝技で仕留めた。

 だが、次第にテレビ映りを意識し、華やかな立ち技偏重になり、審判はすぐに立たせてしまってきた。それが今、変わってきている。全柔連では「寝技を多くするようにルール改正したわけではない。あくまでも審判の裁量」とする。今大会、審判たちは従来より寝技を続けさせていた。また、少し前に、抑え込みの際の一本宣告が従来の30秒から20秒に変更されたのも大きい。あっという間に一本になってしまう。東京五輪では寝技の攻防が楽しみだ。

(写真・文=粟野仁雄/ジャーナリスト)

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