今年8月のある深夜、東京・渋谷区内のコンビニエンスストアの店舗内を多数のネズミが動き回る動画がSNS上で拡散され、その店舗は営業休止に追い込まれた。「コンビニにネズミなんて不衛生だ」といった怒りの声が多くあったことは言うまでもない。
実は、渋谷のみならず、都内の繁華街でネズミは増え続けている。筆者は、渋谷区の地下鉄の通路で「こんなところに猫がいる」と思い二度見したところ、大きなネズミだったことに驚愕したことがある。それ以来、その地下道にあるカフェや飲食店は利用しなくなった。また、筆者は待ち合わせ等で街に立つとき、植え込みの近くには絶対に立たない。なぜなら、植え込みにネズミがいることも珍しくないからだ。
東京では、“スーパーラット”と呼ばれる、鼠駆除剤が効かないネズミが増えているという。ネズミの繁殖力は凄まじいため、そんなスーパーラットが雲霞のごとく増殖していることは想像に難くない。
ネズミが繁殖すると、人間の生活に大きな悪影響を及ぼしかねない。ネズミから人へ感染する疾患は多く、なかでも中世ヨーロッパで流行した「ペスト」は非常に危険だ。ペストは有名であるが、現代人はその怖さを深く知らない。
フランスの作家・カミュの小説『ペスト』をご存じだろうか。登場人物の医師リウーは、ある朝、診療室から出て、階段の真ん中で1匹のネズミにつまずいた。そしてそのネズミのことを門番の老人に伝える。その後、リウーはネズミが口から血を吐いて死んでいくのを見るが、間もなく町の至る所でネズミの死体を見かけるようになる。そして、門番だった老人が高熱を出して死亡する。それを皮切りに、数日の間に高熱による死亡者が急増していく。その高熱の原因がペストだ。ペストが蔓延した町は閉鎖され、人々は隔離された状態となる。多くの人がペストに苦しみ死んでいった。
ペストは小説の中だけの話ではなく、世界各地で流行した歴史がある。1347~53年には、史上最大規模といわれる流行があり、ヨーロッパ全人口の約3分の1がペストにより死亡した。小説『ペスト』の中で「ペスト菌は、決して死ぬことも消滅することもない」と表現されている通り、現在も海外では毎年2000人前後がペストに感染しているといわれる。
ペストはかつて、日本でも流行したことがある。1899年にペストが日本に入ってきたとされているが、その後27年の間に何度か感染拡大が起こった。当時のペスト患者は2905人で、そのうち死者は2420人といわれている。日本では1926年以後、ペストの感染報告はない。しかしながら、国際化が進む日本において、なんらかの経路でペスト菌が再び持ち込まれる可能性はゼロではないだろう。