12月17日付朝日新聞より
その人物とは、政府系金融機関である国際協力銀行(JBIC)で「政治部長」の異名を取る前田匡史・執行役員(インフラ・ファイナンス部門長)だ。民主党の「政商」である。外交や国際経済に疎く、外国首脳にもパイプがない民主党に食い込み、骨の髄までしゃぶってきた男だ。
民主党政権で要職を務めた政治家の中には、海外の要人と太いパイプのある者が少ない。普天間や尖閣諸島の問題での対応を見ていても、米国や中国といった日本と関係の深い2大国に対して、国益を守って交渉できる力量のある政治家はいなかった。そこに前田氏が付け込んだ。前田氏は、JBICで同じく「政治部長」の役目を果たしていた故丸川和久元理事の直系であり、その人脈を引き継いだことから米国やアジアにネットワークを持つ。
仙谷元官房長官の威光
前田氏を最も重用したのが、仙谷由人元官房長官だった。仙谷氏が内閣参与に登用し、仙谷氏が政権から離れた後も同氏の後ろ盾で内閣参与を兼任し続けた。仙谷氏は「赤い後藤田(正晴元官房長官)」とも言われた民主党の実力者。学生運動出身で社会党員だったことから「赤い」の異名を取った。仙谷氏のご威光を盾に、霞が関の官僚を頭越しに成長著しいアジアの経済外交を裏で仕切ったことに対して、反発を買っていた。仙谷氏がミャンマーのアウンサン・スーチー氏と会談できたのも、外務省ではなく前田氏のお膳立てと言われている。
ところが、後ろ盾の仙谷氏は今回の総選挙では小選挙区で惨敗、比例復活も遠く及ばなかった。これを機にして、前田氏への攻撃が始まろうとしているのだ。
前田氏は、政府系金融機関の一介の役員ながら「死の政商」と呼ばれている。原子力と安全保障の分野での経済外交を得意としているからだ。JBICのある役員は「うちの組織では珍しいタイプ。何を考えているのかが分からない、扱いにくい人材」と評する。
前田氏は、経済産業省や防衛省、外務省の利権を食い漁った。ベトナムへの原発輸出をすべて仕切ろうとし、東電改革にまで口を出していた。極め付きは「日本と米国が組んでミャンマーに軍事港を建設しようとしていた」(経産省関係者)というのだ。軍事港建設プロジェクトを立ち上げ、そこに日本企業を参画させてJBICが融資することをもくろんだようだ。今年夏ごろ、カール・ジャクソン氏ら米国の安全保障担当の元政府高官を、前田氏自らがミャンマーに連れて行ったことに対しては、さすがに「軍事までに口を出すとは、政府系金融機関の仕事の域を出ている」(同)という声が出始めた。この頃から「死の政商」と揶揄する声が強まった。
本業では成果乏しく、莫大な資金を無駄遣い
ところが、前田氏は本業では実績がほとんどない。そればかりか、前田氏が主導し、インドのデリーやムンバイにJBICがお金を投じた開発プロジェクトは成果が出ていない。経産省OBは「前田氏は政府系金融機関で公的な資金を扱う立場にありながら、調査を打ち上げるために莫大な資金を使うだけで、なんの成果も出していない。無駄遣いもいいところだ。しかも、その調査費で新会社をつくり、JBICの天下り先を確保しようとしている。デリーやムンバイには、前田氏が仕掛けたプロジェクトが途中で挫折して死屍累々の状態になりつつある」と手厳しく分析する。
JBICの奥田碩総裁は、トヨタ自動車の社長・会長や日本経団連会長を務めた民間人トップ。副総裁は元財務官の渡辺博史氏。経営は所管官庁の財務省がグリップしている。最近では渡辺氏が前田氏の出すぎた行動にいら立っているといい、身内からも見放され始めた。頼みの民主党も総選挙では大敗北を喫し、空中分解の状態。「民主党色」のつきすぎた前田氏は、「焦って今は生き残りのために、経産族である自民党の二階俊博代議士に乗り換えようとしている」(霞が関関係筋)と言われている。
消費税引き上げ政策など財務省は野田政権の「指南役」だっただけに、安倍政権の矛先は財務省にも向く。財務省やJBICとしては新政権との友好関係を保ちたいだけに、前田氏の存在が厄介な「お荷物」になりつつあるようだ。
(文=編集部)