野球人口の少なさがプラスに働く
残念ながら、好投手を育てる岩手県だけのメソッドはないようだ。そこで、高校に上る前の中学生について調べてみた。中学生の硬式野球クラブの日本一を決める「全日本中学野球選手権大会 ジャイアンツカップ」なる大会がある。1994年に始まりすでに10年以上の歴史があるが、岩手県はおろか、東北地区からの優勝チームはまだ出ていない。強豪チームはやはり、野球人口の多い東京、大阪、神奈川に集中しているが……。
一方で、こういう考え方も成り立たないか。
比較的少ない東北地区のチームに、ピッチャーでピカイチの素質を持ったひとりの球児が現れたとする。となれば、選手人口が少ない分、指導者は確実にその子を育てていこうと思うはずだ。野球はやはり、まずはピッチャー。優れた投手がいれば、都市圏の強豪チームと互角に戦うことができるからだ。また、ピッチャーのいない学年があれば、「お前やってみないか?」と、体格のいい子や運動神経の良さそうな子をテストさせる。試合でそこそこ投げられたら、「今日からオマエがエースだ」と言って、投手教育も開始される。それに対し、都市圏のチームでは複数のピッチャーがいるため、指導者は「ピッチャーのできそうなヤツはいないかな?」なんて視点でチームを見渡すことはしない。大勢の子どもたちに対し、平等にチャンスを与えてやろうと配慮するものだ。
「東北地区全体の話になりますが、昨年夏、日本中に“カナノウ・フィーバー”を巻き起こした秋田県立金足農業高等学校は、吉田輝星(現・日本ハム)のワンマンチームでした。ワンマンチームになっても、チームが結束してさえいれば、高校野球ではなんら問題はないわけです」(前出・スポーツ紙記者)
つまり、野球人口が少ないという不利な条件が、結果として力のあるピッチャーを輩出しやすい環境につながっているのではないか……というわけだ。
中南米選手のような辛抱強さと真面目さ
また、宮城県仙台市を本拠地とする東北楽天ゴールデンイーグルスのファン気質について、このような声もある。
「他球団のファンとはちょっと違いますね。プロ野球に新規参入した2005年が特にそうでしたが、負けても負けても、『明日こそ勝てる』というエールばかりで、ファンが辛抱強く応援していた印象があります」(地元メディア)
“辛抱強さ”が東北人の気質……とはよくいわれるところだ。吉田輝星は2年生までは無名投手だった。しかし高校進学後、早朝約10キロのランニングを一度も欠かしたことがなく、下半身強化のために長靴を履いて走った……というエピソードもよく知られている。
「菊池、大谷もそうでしたが、練習でも絶対に手を抜きません。足腰の基礎体力運動、筋トレ、投球練習など、地味なことでも辛抱強くコツコツとこなしますね」(在京球団スカウト)
こうした日々の積み重ねが、彼らの才能を開花させたのかもしれない。菊池、大谷、佐々木に共通する真面目さ。こうした辛抱強さと真面目さは、中南米から輩出されていたメジャーリーガーたちのハングリー精神にも似ていまいか。中南米の選手たちがメジャーリーグで成功し貧困生活から抜け出すことを願ったように、菊池たちもまた、「野球がうまくなって、やがてはメジャーリーグに」と練習に没頭してきたのではなかろうか。
「菊池、大谷、佐々木は日本中の野球強豪校からスカウティングをされましたが、結局は地元の高校を選択しています。故郷で、仲間たちと一緒に野球をやりたいとの思いがあったからでしょう」(前出・地元メディア)
岩手県ないし東北県に存在する諸条件のうえに、東北人ならではの気質が重なった。本人たちの努力が実った結果、昨今の“好投手の産地・岩手”という状況が生まれたのだろう。トレーニングに関する著書は山ほどあるが、素質が開花するかどうかのメソッドは、本人の心のなかにしかないのかもしれない。
(文=美山和也)