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江川紹子の「事件ウオッチ」第45回

【鹿児島・強姦事件、逆転無罪】またも繰り返された冤罪 裁判所・捜査当局の「罪」

文=江川紹子/ジャーナリスト
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 この事件でも、弁護人は早くから女性の供述の不自然さを指摘し、検察側の主張には疑問があると訴えたが、裁判所には一顧だにされなかった。

 性犯罪では、とりわけ被害者の保護が重要である。捜査での事情聴取や法廷での証言で犯行状況を根掘り葉掘り聞かれる際の精神的苦痛は、「セカンド・レイプ」ともいわれ被害者の負担になっている。それに対する手厚いケアは必要だし、不必要な問いを重ねて被害者を苦しめることがないようにすべきだ。

 だが、刑事事件として扱う以上、被害者証言が信用できるものかどうかは、きちんと調べなければならない。被害者にも見間違いや勘違いはあり得る。それに、なんらかの事情で虚偽の被害を申告するケースが絶対にないわけではないのだ。特に被疑者・被告人が無実を訴えている事件では、被害者証言は客観的証拠などで裏付けがとれるかどうかを、警察、検察、裁判所の各段階で吟味することを怠ってはならない。

 ところが、警察・検察の捜査をチェックすべき裁判所までが、被害者証言を鵜呑みにし、それと矛盾する証拠には目を向けないことが、痴漢事件を含む性犯罪ではしばしばある。

 今回の鹿児島の事件で、一審判決が女性のショートパンツについた別人の精子の存在を無視したのは、公判前整理手続の段階で、これを証拠採用しないことが決まっていたからだ。だが、この証拠は女性がほかの男性と性的関係を持った可能性を強く示すものであり、体内の精子もその男性のものである可能性がある。これについて弁護人は証拠採用を求めたが、当時の裁判所(中牟田博章裁判長、裁判の途中で福岡地家裁小倉支部に転任)は認めなかった。

 控訴審で法医学者が鑑定を行ったところ、女性の体内の試料からは「簡単に」DNA型が判明し、やはりそれはショートパンツに付着した精子と同じ型だった。それくらい被告人にとって有利であり、かつ重要な証拠だったのにもかかわらず、一審ではなぜか証拠採用されなかった。

 この判断をした中牟田裁判長は、前任地の富山地裁高岡支部でも、無実の人に有罪判決を言い渡したことがある。02年に起きた「氷見事件」と呼ばれる強姦・同未遂事件で、起訴された男性Zさんと事件を結びつける客観的証拠はなく、むしろZさんを犯人とするには矛盾する証拠があった。それでも、被害者証言や「自白」調書を基に懲役3年の実刑判決を言い渡した。男性が服役を終えてから真犯人が現れ、冤罪が明らかになった。

 この時に、被告人と事件を結びつける客観的な証拠もなしに人を有罪にしてしまうことの怖さを、中牟田裁判長は学ばなかったのだろうか。検察側主張の疑問点や証拠の矛盾があるのに、それを軽んじたり推測でつじつまあわせをして、有罪にしてしまう恐ろしさを認識し、あらためて「疑わしきは被告人の利益に」という大原則の大切さを噛みしめることはなかったのだろうか。

 冤罪が明らかになっても、裁判官個人が責任を追及されることはない。誤判の原因が究明されることもない。裁判官の独立を守ることは大切だが、過去の間違いから学ぶことは、それに劣らず重要ではないか。

 今回の事件は、警察のDNA鑑定のあり方や検察のアンフェアな対応も問題になった。鹿児島県警は、女性の体内の精子について、鑑定中のメモを残さず、重要な場面での写真も撮らないまま、「鑑定不能」の結論を出した。「STAP細胞」騒動の際、研究者の実験ノートが問題になったが、それと同じように、これでは鹿児島県警での鑑定作業が適切に行われたと信頼することはできない。

江川紹子/ジャーナリスト

江川紹子/ジャーナリスト

東京都出身。神奈川新聞社会部記者を経て、フリーランスに。著書に『魂の虜囚 オウム事件はなぜ起きたか』『人を助ける仕事』『勇気ってなんだろう』ほか。『「歴史認識」とは何か - 対立の構図を超えて』(著者・大沼保昭)では聞き手を務めている。クラシック音楽への造詣も深い。


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