まさか、こんなオチが待っていたとは、誰が予測していただろうか。新型コロナウイルスの影響で自粛ムードが進むなか、混乱は深刻さを増している。
各種業界のBtoBを中心とした展示会産業も、そのひとつである。日本最大級の広さを持ち、毎日なにかしらの展示会が開催されている東京ビッグサイト。自粛が求められるなかで、3月のスケジュールはすべてが消滅した。今のところ、4月以降の予定は掲載されているものの、果たして開催されるのか見通しは立っていない。
東京ビッグサイトではアニメやマンガなど一般入場者を中心とした娯楽系の催しも多いが、より重要なのは、平日のスケジュールを埋めている各種業界の展示会だ。専門性の高い業種では、新たな顧客の獲得が年に数度の展示会というところも多い。それゆえに、中止は文字通り苦渋の選択である。
展示会のなかで、もっとも早い段階で中止を決めたのは、2月27日からパシフィコ横浜で開始予定だったカメラメーカーの業界団体・カメラ映像機器工業会が主催する「CP+2020」だ。感染拡大が懸念されていた2月6日時点では「計画通り開催予定」としていたものの、14日になって開催中止を決めた。この時点では、多くの展示会では中止に慎重だった。2月上旬に展示会・見本市の業界団体である「日本展示会協会」に尋ねたところ、次のような回答だった。
「手洗い消毒液の設置や救護室の設置、看護師の常駐などを実施して対応しながら、また、会場入り口でマスクを配付したり、サーモグラフィーを設置したりしながら、予定どおり展示会が実施されているのが、現在の一般的状況です」
しかし、2月26日になり政府が大規模イベントなどの2週間自粛を要請したことで状況は一変。自粛は2週間では終わらないのかとみられたのか、軒並み展示会が中止される事態になっている。
東京オリンピックの余波で関連企業は減収減益
東京オリンピックの中止も取りざたされるなかで、すべての展示会主催者は頭を悩ませている。インターネットで公開されている東京ビッグサイトの4月以降の予定を見ればわかるが、ほぼ毎日なにかしらの業界展示会や各種の催しが入っている。
ここまでスケジュールが詰まっている理由は、東京ビッグサイトが東京オリンピックのメディアセンターとして利用されるために、5月以降は秋まで使用できないことが決まっていたからだ。
東京オリンピックの影響による東京ビッグサイトの供用停止をめぐっては、ビジネスの場を失うことになる展示会主催会社やディスプレイ施工会社、展示会を商談の場としている中小企業などが、東京都などに繰り返し再考を求めてきた経緯がある。
損失を被る事業者は、東京オリンピック期間中も使用を求めていたが、東京ビッグサイトを管理する東京都は、これに応じなかった。結果、「最大限の譲歩」として、工事が始まり一部が利用できなくなる2019年に、りんかい線青海駅前に仮設展示棟を建設し、さらに工事期間を短縮することによって全面的に使用できない期間を2カ月短縮した。
それでも、「減収減益は避けられない」というのが関連業者の声だった。そうしたなか、限られた日程に詰め込まれた各種展示会が中止になり、絶望的な空気が漂っているのだ。
中止の声も浮上する東京オリンピックには延期案も出ているが、それによりしわ寄せを食らう人々もいることは、まったく話題になっていない。
これら各種展示会の中止をめぐる問題について取材してみると、関係者の口の重さを感じる。というのは、主催者企業、ディスプレイなどの関連企業、印刷業者やケータリング業者、通訳などのスタッフ派遣業者など元請けと下請けが複雑に入り組んでいるからだ。
「主催者の都合でキャンセルされた場合は、キャンセル料を請求できる契約になっていますが、今回はいわば政府の方針によるもの。今後のことを考えると、請求していいのかどうか悩みます」(イベント関連企業)
フリーランスは虫の息
それでも、契約に則って請求が可能な企業はまだいいほうだ。各所で取りざたされているフリーランスの問題は、ここでも起きている。
展示会を中心に通訳者や多言語対応可能なコンパニオンを派遣している株式会社トライフルCEO(最高経営責任者)の久野華子氏は、この事態を受けて署名サイト「Change.org」で「コロナウイルスで仕事を失ったイベント業界関係者に休業補償をしてください!」とのタイトルで署名活動を始めた。自粛を受けて展示会がなくなってしまったことで、状況は極めて厳しいという。
「(3月中の)ほとんどすべてのイベントが中止になり、仕事の9割がなくなってしまいました」
フリーランスで活躍する通訳者などを取りまとめて派遣しているトライフルのような業態は、とりわけ厳しい状況に置かれている。
「専門の人材派遣は展示会に欠かせない業種ですが、印刷物などのモノを提供している業種に比べて、仕事がなくなったからといってキャンセル料を請求するのは難しいのです。実際に働いていない場合に支払いが発生するという概念がないためです」(久野氏)
通訳などの仕事を発注する予定だった人たちに対しては、イベント中止により発注できなくなったことを説明して了承は得たというが、危惧されるのはこれからのことだ。
「イベント・展示会業界で働く方は、ほとんどがフリーランスのスタッフです。それなのに、政府からも補償がありません。すでに1カ月の収入が途絶えることで、仕事を辞めようと考えている方もいます。将来的に業界全体の首を絞めることになります。今回の場合、個人の能力不足で仕事がなくなっているわけではありません。(行政に)補償を求める正当な理由があると思います」(同)
専門性の高い仕事を一から始めるのは、極めて大変なことだ。長期の自粛を経て平常に戻った時に、すぐに仕事を受けられる人材を確保しておかなければならない。そのため、バイリンガル人材を揃える久野氏は、苦境を乗り越えるために一般向けの家庭教師やオンラインレッスンなど、専門家に対するケアも始めてはいる。とはいえ、すべての業種で、すぐに別の仕事へと移すことは難しいだろう。
東京オリンピックの余波による東京ビッグサイト使用停止問題は、数年間の準備期間があったため、業界では大阪のインテックス大阪など地方に会場を移すなどで、減収になりながらもなんとか持ちこたえる準備をしてきた。しかし、全国で開催ができなくなる状況に陥ってしまった。そして、そこではやはり立場の弱い人々が泣かされている。
多くの批判を受けてか、政府は一定の条件を満たしているフリーランスや自営業の人についても、休業補償として1日定額4100円を給付する方向で検討しているという。だが、あまりにも安く、生活を保障されたとはいいがたい。税金を払っていても、フリーランスはここまでコケにされるのか。
(文=昼間たかし/ルポライター、著作家)