無理もない。市民が個人として弁護士とかかわるのは、犯罪に関係するか相続問題や離婚訴訟などを抱えたときだけであり、一生のうちにほとんど縁がない人も多いからである。だがビジネスでは状況が異なる。企業が大きくなればなるほど、社会との接点が多くなり、ビジネスを進めるうえで法律の知識が不可欠になる。会社が大きくなればなるほど多くのトラブルも起き、弁護士に処理を依頼する機会も増える。企業活動には弁護士がさまざまなかたちで寄り添っており、今の時代弁護士の力を借りない企業のほうが少数派だろう。
だが、実際に弁護士とはどのような仕事をしているのか、その実像は見えるようで見えない。そういう世の中の疑問にずばり答えているのが『世界を切り拓くビジネス・ローヤー 西村あさひ法律事務所の挑戦』(中村宏之/中央公論新社/2016年)である。
著者は大手新聞のベテラン経済記者である。記者の問題意識が本書の執筆動機だったとあとがきに記されているが、各分野の企業弁護士の活動が深いインタビューでえぐられている。
舞台は西村あさひ法律事務所である。企業関係者なら良く知っている日本のトップ法律事務所だ。抱える弁護士は若手からベテランまで500人を超え、秘書などもゆうに300人を超える大規模な事務所である。
本書では人々の記憶に残っている経済事件を取り上げ、背後でどんなことが起きていたのかを活写している。登場する弁護士の専門分野は多岐にわたる。「物言う株主」であるアクティビストファンドとの戦いや、巨大企業同士の合併に奔走する弁護士、企業の不祥事処理の先頭に立って対応にあたる弁護士など、その姿はさまざまだ。
企業の生命が託される
なかでも1995年の旧大和銀行の巨額損失事件を担当した弁護士の働きは印象的である。なかにこんなくだりが出てくる。
<ニューヨークのJFケネディ空港に到着して現地の法律事務所の人が迎えにきていたので話をしようとすると、「しゃべるな」とまず制されました。「尾行されているし、外で話していることは全部マイクで拾われる。ホテルに行っても全部盗聴されているから、大事なことはオフィスで、自分の耳元でしゃべるように」と。シビアな環境だと思いました>