米国で旅客が航空会社や警備当局の職員によって乱暴に扱われている実態が、波紋を呼んでいる。
事の発端は、ユナイテッド航空が自社のクルーをほかの空港へ送り込むため、満席の機内から乗客を警備員が暴力的に引きずり出す映像が世界に拡散されたことだった。以降、原因はそれぞれ異なるものの、他の航空会社でも旅客を乱暴に扱うシーンが連日のようにメディアで取り上げられた。
米国の空で一体何が起きているのか、その原因や背景について迫ってみたい。
ホスピタリティとは無縁の米航空会社
元来、米国では航空機の利用は広い大陸での移動手段として、なくてはならない交通手段であり、日本のように新幹線などの鉄道と運賃やサービスで競争する必要がない。そして1970年代後半から始められたデレギュレーション(航空の自由化)によって、一時は230以上の新規航空会社が立ち上げられたものの、連続事故や競争によってその多くが倒産、あるいは大手航空会社によって吸収され寡占状態になった。
こうした理由から、航空会社間でもサービスやホスピタリティ(接客)に関して競い合う状況がなくなった。機内サービスの中心にいるキャビンアテンダント(CA)についても、近年ではパイロットとの賃金格差は広がるばかりで、仕事が終わったらパイロットと口もきかないようである。CAは定年こそないものの、劣悪な労働環境に置かれ、サービスという無形の労働を向上させるモチベーションはない。
日本の大手航空会社の機内では、エコノミークラスの乗客であっても就寝中CAがそっと毛布を掛けてくれることもあるが、そのような心温まるサービスを米国の航空会社に期待することは無理な話といえる。
セキュリティ第一の過剰反応
一方、パイロットも2001年の同時多発テロ以後、強化型のコックピットドアが導入され、旅客と隔絶されることになった。その結果、機内で旅客によるトラブルが発生すると以前のようにコックピットから出てCAと一緒になって話し合いで解決するのではなく、最寄りの空港に緊急着陸して、問題を起こす旅客を警察に突き出すといった手荒い手段を取るようになった。
乗客がCAに「機内にテロリストがいるかも」と冗談を言っただけで、事情を聞かれることもなく即緊急着陸となってFBIに逮捕されるという事件に代表されるように、客室内はピリピリとした空気に満ち溢れ、ときに戦場と化する。
ちなみに日常茶飯事のように客室内のトラブルや悪天候に伴う目的地以外の空港への着陸が起こっているが、航空会社は以後の交通手段やホテルの手配などには非協力的で、旅客はすべて自分で行動する必要があるのも、米国ならではのことだ。
このように旅客に対して航空会社のパイロット、CA、地上職員がサービスやホスピタリティそっちのけで法令やルールを盾に乱暴な対応を行うことが多くなったのであるが、一番の原因は同時多発テロ以降のセキュリティ第一の過剰反応にある。
したがって、米国で空の旅をする方は、いつなんどき事件に巻き込まれ、便のキャンセルや大幅遅延、それに予定外の空港への緊急着陸など想定外の事態に直面するかもしれないということを念頭に、余裕のある日程を組むことをお勧めしたい。